号令を掛けてくれたら喜んで逃げたいほどだ、
なんだかそれは人だったから、
その形を残していたから、
皮膚組織はあってはならない状態でこれが視界に映し出されていること自体がもう、空間を捻じ曲げ、
いびつで、その所在のなさ、
不快感の塊が僕に湧き上がってどうしようもなくできれば、
可能ならドアに手をかけずに踵を返したかった。
末恐ろしいけど、僕は案外冷静だったらしい。いや、はっきり生き物の死を感じ取れた本能の賜物なんだろう。もっとも必死で救出を試みたところで僕一人の非力な力など、ドアに弾き飛ばされる末路を施設内の設備要綱は物語る。
おぞましい、気味が悪いぞ。何をしていた、なぜ離れようと距離を取らずに居続けられた?理解に及ばない、今に始まったことか、配属後の初顔合わせで彼女は既に隠すことなくその胡乱な表情は見せつけていた、前兆を逃した僕がいけない。
蝉が鳴いていた、抑揚をつけた種類は天寿を全うして、空いた木の幹に張りいた他種の奏でる一本調子がやかましい。頭蓋に迷い込んだみたいに内部を揺らしてこびりつき、居座る。
やってくるぞ、お前たちの元にも。警告を浴びていた。死体がもうじき放ち始める臭気を外のうるさがたは感じ取ってむんずと口をつぐんで、そそと僕らに死体を見せ付けたんだ。静まったはずがあれよと互いに合図を送って示し合わせ音を再開させていたんだ。
森の中にいるようだった。実際その通りなのに、日が高いのに暗く日が遮られた森が思い出された。