コンテナガレージ

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熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

 アイスコーヒーは上出来、店で飲む味より果物みたいな甘さがあとに残った、鈴木の感想。
 チェックインの受付開始時刻が迫り慌てて階段を駆け上がって見せた足の裏、白いのは石のせい。
 解け切らずグラスの曲面に熱を頂く対象を変えた、ごつごつ重なる氷は、
 グラスにせっせ、せっせと汗を掻かせて我々と均一に、とせがんだ。
 必ず綺麗に忘れられる、忘れていたことを私は忘れてしまえていた、煙草に火をともす、無人の、目に新しい派遣先の一室で灰皿を引き寄せ灰を落とす、ここで一体私は何をしているのだろうか、いつもは抱かずにせっつく時間にその疑問とやらを置き去りに見てみぬ振りをしていたのだ、たまには撫でて話を聞いてあげることも、もしかすると私にとっては必要、もっとだ、不可欠なのかもわからない。異なる私がいて、勤務先でコーヒーを提供し続ける私が見えた。
 生きているだろうか、それもしかし私が生きていて思える。私を置いて、事象は語れるものか。
 誰かに呼ばれた気がした。
 返事をしてはなりません、名前を取られるから、三度目にようやく返事をして良いのです、居場所をむやみに山の中で知らせてはいけないのです、あなたは忘れています、あなたであることを、だって周りには、ほらあなたを認知してくれる人がいるのでしょうか、いませんね、あなたは誰ですか、名前を知らないのですよ、だから呼びかけるんです、ただそれだけで本当は良いのでしょう、名前など関係など目の高さなど資産の大小など四角い紙の紹介文など、何の役に立つものか、おーい、答えてやろうか、私を奪い取ってみろよ、やってみるんだ、ああ、そうかこれが魔、私が私によって浚われる、木々の隙間を縫い縫い月明かりが射した、まあるくそれぞれの顔は階段に張り付いてあるものはぐうにゃりその表情をゆがめた、意図せず仕方なく本意ではありはしないのに、隣の奴らは好都合に段差の平面にいまだけの饗宴にもてはやされてることも知らずに場を与えられてるの、きれいですね、私は誰かに言いたかったのかも分かりません、頷き返してくれるただそれだけの私の映し鏡でさえ、もしかです。もしかしたらほしいと過去のどこかでそれこそ流れる星になどへ手を合わせ目を閉じて内部の短冊にすらすら筆を落としたのかもしれないのです。
 煙草が消えて店を去る。月はそれでも遊び足りなく飽きずに同じ表情でした。