コンテナガレージ

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鹿追う者は珈琲を見ず 3

「取っておきの情報はまだありますって」手帳をめくる。「死体と共に『ひかりいろり』で目撃された係員の遠矢来緋、彼女は旧土人の末裔だそうです。借家の大家が言うには、賃料は彼女から貰わない約束で代々彼女の家系が北海道で住まいを探していたのならば無償で部屋を提供すべし、という大家さんの家系に伝わる教えなんだそうです。ああちなみにその大家は北海道の各所に山林と土地を受け継ぐ大地主だそうです、比較的最近の年代ですから、先代か先々代にニシン漁で儲けたお金で大勢の小作人を雇う大農園、果樹園からはワインを、お米からはお酒を、ジャガイモからはスナック菓子を、良質な原料に目をつけたんだそうです。いずれにニシンは不漁の時期を迎えるから、他の仕事を探すべきだって、良いときにこそ胡坐をかかず次の居場所を探せとのことでした」
 美弥都は黙々食事を続ける。先を話せ、まだ言い足りないのだろう?無言であるとこの人は実におしゃべりに思える、鈴木は手帳の書き殴った文字を目で追う。「旧土人保護活動支援運動は昨年打ち切られてます。知事の当選公約の一か条目に盛り込まれていてですね、反対派を押し切った断行は記憶に新しいかと、日井田さんはご存じないかと思いますが。旧政権のトップ、環境保全活動家白鷹氏が逼迫する財政にもかかわらず旧土人の支援金は頑なに一定額を割いていた事実が道民の知るところとなって投票前に勝負はついてましたかね……白鷹氏は旧土人の家系の出でした。養護施設で育ち育ての親にもらわれ苗字が変わっていたので今まで議会審議で追求されることもなかったのでしょうね。ちなみに旧土人の血縁をおおっぴらに打ち明ける人は最近じゃ少ない、いや僕の周りでは隠しているのが普通です。差別を受けるとかではなくって、もう僕ら世代では関心がないというか、どうでもいいとうか、二世代前に戻って漸く旧土人、和人という言葉を聞きます」鈴木はやっと本筋を話す。「旧土人の伝承はほぼ途絶えた。今となっては文化的遺産の価値を守るぐらいで、情報にアクセスするのもS市の資料館に赴きしかも事前に一週間も前に予約が必要となれば……関心は当然薄れる。安易に情報に触れようとしてもです、片っ端から根こそぎネット上の漂うはずの情報は削除されてしまいましたからねぇ、あの一件?一時期を境に」
「どうぞ。もったいぶらずに続きを」
「異例中の異例。何でも旧土人の末裔が国を代表する地位や役職、それに世界的な芸術家とか、脚光を浴びる人物が莫大な資金を投じてあらゆる関連情報をひとっつひとつ地道につぶしていったそうで少しずつ消去に奔走、気がついたときはもぬけの殻、失権を恐れたにしては不合理に思えました。彼らは公に血縁が知られた存在、手遅れじゃないでしょうか。ええ、あくまで〝削除〟は噂の域を出ません、だがまんざらでまかせとも言い切れなくって、うーんなんと言えば伝わるかな……」
「その過程を語る事実が真実を覆す証拠そのもの」