コンテナガレージ

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鹿追う者は珈琲を見ず 5-1

 炉淵、通路に面する外側は薄い石の板を貼り付ける。ドアが前にせり出しロックがかかる、設計者は徹底した自己完結型の完璧主義者、凹凸恐怖症、はたまた平面依存の類か。板張りの『ひかりいろり』の中央に立ち、股の下に囲炉裏を頭上に光の筒を、美弥都は間に挟まれる。ここで火をくべたり、ノスタルジーや癒しの効験が目的とは一見して食い違いが明らか如実。「変ですね。変哲もなく、意味を見出すには頭を捻るとんちを利かせた禅問答という解釈でよいのか」、と鈴木。同意見、不思議なつくりだ。ここだけがお客を引き寄せる名物、二階の回廊・室内と床とドアの一部は材質を揃えた。顎を引き上げる、あそこのも、筒の最上部に木製の格子がある。
「あの窓は羽目殺しですか?」美弥都は訊いた。
「開きますよ。隔週でメンテナンス業者が点検作業を行っていた記録が残ってます。セキュリティの問題点が指摘されてましたね、当時も。ただ外部犯の進入経路には不適切だった。山の麓を背中に左右の林野は国の自然保護管理区域に指定された立地条件です、ということで正面入り口を封鎖、徒歩移動を禁じて車両移動それも地下を通させた」保護区域の指定を犯して建物を建てられる、土地の持ち主が土地の一部を国に引き渡さなかったのだろう、買い手が国単体では競売価格は単独の交渉、しかも強硬手段に何度も訪問の煩わしさの時間を割かなくてはならない。国がほしがる地域を彼らに売り渡しその土地を分断する土地を持ち主は継続し手元に置いた。その一区間を『ほてるやかた』に売り渡した、と背景に思える。鈴木はあえて説明を省く、避けたともいうのが正解か、美弥都は彼のサインを的確に読み取った。疑問には触れず、会話に舞い戻る。
「高感度のセキュリティは動物たちに反応してしまう。性能は人間固有の帯域に反応を示す温度センサー、重さを感知する対人センサーを地中に埋めた。これらを難なく突破し仮に建物までたどり着けたとしても、二階がネックとなる」ずらり一面の森林を室内にいながら、くつろぎの空間を宿泊客に提供するには、回廊を歩き回るほかのお客の視線を回避しなくては料金を大々的に徴収する権利など誇大広告だと提訴されても不思議はない。とはいえリピート客がわがままを通して宿泊を希望するぐらいだ、視線は確実に遮断をされている。目線を隠すか、回廊の徘徊時間を定めるのか、無論深夜歩き回られては板張りの廊下がいくら真新しいとはいえ、体重に悲鳴を上げる軋みの断続はフロントへのクレームになりかねない。人によって活動時間は異なる、すると音、騒音に関しても特別な措置、遮音に資金を投じてるだろう。手渡された資料は手付かずであった、判断が鈍る、想像物と現物に齟齬を見出し一致点のずれが鈴木に問いかける疑問になる。留めた記録を探すとどうしても機械的な一致、不一致に振り回される、対象物がおろそかになる。もっとも現在それは無意識下におかれる、幼少、かび臭い百科事典とハンカチともに生きた頃の私だ。もう比較対象を並べその刹那に結果が思い浮かぶ。……だからかもしれない、ここへ来たのは。好奇心、干渉、自然と不自然な人工物。ホテルの営業理念、趣旨も気になったか、自然の破壊の上に我々の生活基盤は敷かれ、しかし光はそれだけは天然の明かりをと、澄んだ空気漂う大自然で味わいたい。何一つだ、なにひとつ変わらない、私たちの生命そのものではないか。取り入れる空気に純度を、吐き出す廃棄物は淀みを許容せよ。取り入れなければそれだけ透き通る息を吐き出せるのだ、まだ分からないのか、言い聞かせて理解を得られるなどとはとっくの生まれ落ちて直感が私を目覚めさせたの。どうしてよ、嘆けなげいているその意味が世界の空気の寄り付く覗き込む顔たちがああ汚しているのだと。私だけはと虚勢を張った、息をしないよう、活発に走り回る子供らしさと別れた。辛い?冗談を、身軽なことがこの上なもなく有利に働くことを細胞と別れ成長期に合わせるよう老いる体躯の使い方を私は細胞分裂盛んな時期に学び取れた。息を吐くは、限りなく透明な汚らしい気体を。いつもそのように明言を怠らない、それが倫理である。教えられたのではない、学んだのだ。師は自らに宿る。忍耐力と好奇は生来の能力かもわからない。