コンテナガレージ

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鹿追う者は珈琲を見ず 5-2

「日井田さん?」
 聞こえている。鈴木へ軽く振り返り、頭上に向けた窮屈な首の角度を保つ、目線のみをやや平行に残す。
「二階の客室は全室マジックミラーを採用してましてね、あと宿泊客の意思で以って仕切りの引き戸が回廊の手すりまで両サイドを締め切ってプライベートな展望を楽しめるようになっ……」
「要するに」美弥都は理解を伝える。「いち早くチェックインを終えた宿泊客が回廊を味わえる。連泊の宿泊客を除いて」
 当日の宿泊者リストを読み上げてもらう、鈴木は意識的に瞬く回数を増やし名簿を読み上げた。被害者、小笠原俊彦、室田祥江、室田孝之(室田祥江の兄)、安部とほか二名。最後の二人は二年の間に病死、長年の高脂血しょうが引きこす動脈硬化が牙をむき、それぞれ狭心症心筋梗塞により他界している。ほぼ二年前の事件にメンバーを揃えたと認識させたいか、はたまた訪れた偶然を利用したか。
 鈴木はわざと大きく声を出す、話を続ける。「ええ、そうなんです。ですから侵入者をかくまってこそこそ『ひかりいろり』の天窓へはしごか何かをかけて導くことも可能といえば、できてしまえたんです」
「しかし証拠となる、足跡や痕跡、土や擦過、ロープの擦り跡等は当時の捜査では検出されなかった」
 同情を意味する眉の傾きは死刑宣告を受けているかのようである、鈴木は手元の資料を読み上げた。「森林を切り開いた立地は風の通り道です。背後の男鹿山の標高はせいぜい三百メートル、強風を巻き起こす寒暖差は微々たるもので森林の伐採後も風の影響が工事を止めることはなかった、近隣の中核都市A市の工務店さんの証言を得ました。ちなみに当時建設に関わった人材はほぼ日雇いの労働者で住居と期間労働で雇われた人たちです。周辺の産業といえば農業が主ですし人口調査に及ばず点在する民家の数で人材不足は目に見えて明らかでした。そうそうそのときに建てたアパートが『ひかりやかた』の社員寮に使われてます、写真もありました。ええっとこのほかに情報はっと、あぁこれこれ、建設指揮を執った建設会社タチバナ開発は完成の半年後に倒産してました」鈴木は通路の明かりに頼る、室内に埋め込む明かりは間接照明の淡い色合いと照度、識字には不向きだ。彼はページを捲ってつけ加えた。「ホテル建設事業の関係者たちは快く証言に応じてはくれなかったそうです、細工を施した口封じに受け取る金銭取引が当時の捜査では疑われていたらしく、必要に建設業者の従業員の捜索に奔走してましたね、うーん陣頭指揮を正す人がいなかったんでしょう無意味に時間と費用を垂れ流した。進めているつもりが一番危険です。実は僕A市を回ってホテルに来たんです。気の緩みでしょうね、ひょっこり二年後に刑事が顔を出すとは夢に思っていない、半分は口が滑ったのともう半分は自棄に成ってました。某工務店の社長さん曰く、人材不足の助っ人ととして手の空いた見習いを運搬作業の力仕事に送り出したので工務店を通じた仕事の振り分けではあるものの、見習いたちはその他大勢の日雇い労働の日給を個人で受け取らせていた。不当就労も黙認された、三ヶ月の短期間に地下道と一階の総石造りに女性の姿も多かった。たいてい験を担いで女人を嫌うも背に腹は変えられず、最近では設計者も現場の職人も女性は珍しがられるも性差別で訴えられた事例を問題が起きたときには引き合いに出し脅すつもりだった、最後のは社長さんの個人的な意見です」