コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

鹿追う者は珈琲を見ず 5-3

 美弥都はドアの機構を画像に記録するよう収めた。室内を後に二階の用意された部屋へ戻る。通路を鈴木と歩く。
「気になる点があれば意見をなんなりとお申し付けくださって結構ですから……」弱腰、語尾を濁す鈴木が問いかける。エレベーターに乗り込み並び位置を左右に置き換えた具合が話しかけやすい雰囲気を作り出し、後押し、背中をひょいと押したのかもしれない。美弥都は贅肉の取れた陶器のような顎を引いた、見る間にエレベーターの閉じた二枚の板が道を明ける。まだ隠す情報を抱える、さっさと開示しろ。『軽率、不用意』、これらは彼女の体躯には不要、換装を拒否されたのだ。暗い通路、明かりの切れ目に消えた美弥都に鈴木はいう。
「二人目の発見者兎洞桃涸、彼女の家庭環境は少々どころか精神に異常をきたしてしかるべき境遇だったことがわかりました」彼の同僚がこれまた仕事にかこつけた首都観光の傍ら探った情報とのこと。年中守られ尚且つ常時待機は無駄が多く、しかし週休二日に夏季・冬季の有給消化は贅沢。無知、不勉強、否学ぶ姿勢すら義務教育で果たしたとの思い込みか、まったく呆れてものも言えないとは、先人たちは言いえて妙な言葉を良く残してくれた。税金の微々たる金額で安全が確約されているなど誤認も甚だしい。警察は事後的な対処を本旨とする、不測の事態に巻き込まれるのは当人のリスク管理の甘さだ、これを皆棚に上げてる。警察に向ける眼差しが改善されれば、と美弥都は店長が毛嫌いする鈴木たちには内心同情を寄せていた。
 美弥都を追う鈴木は資料をめくる、紙の角がしゃりしゃりと呟く。「癲癇の病歴があって、中学卒業まで学校は休みがちだったそうで定期的に通院と学校生活を送るなか母親は自虐、産んだ罪を娘兎洞桃涸に向けた、父親の証言です。両親たちは短大卒業後勤めた会社の人事異動で二年後に実家を離れるのを機に離婚の手続きを完遂した。申請書類は用意されており提出時期、娘のひとり立ちをきっかけに、養育義務の果たしたという意味なのでしょう。父親としては扶養義務は仕事を始めたときには終えていたわけですけれど、住居の確保を以ってという判断だった。首都の賃料は地方の倍はかかりますからね、引越し費用の工面もしくは厳格な経済観念を娘に実家で浮いた家賃を引越しと入居の雑費に充てなさい、と言い聞かせていたのかも、その点は聞きそびれてますね、相田さんも休暇で舞い上がっていたんですよ、多少は大目に見てください。それからですね、娘兎洞桃涸の管理を母親は始めます、思うに抑止力の父親が家を離れたことで存在意義を問い直す時間が増えた、向き合わざるをえなかった、曖昧なのは相田さん個人の見解です、わざわざアンダーラインを引いてますよ、ははっ……すいません、つづ、けます。比較的裕福な家庭とのこと。外に働き出る通院と養育と家事の合間の仕事に追われなくて済んでいた、もしかするとこれがぁ、ストレスを溜めに溜めた末に発散の先をこれまで愛情を注いだ娘にわーっと向けてしまった、あっつと、これは僕の感想です、はい」感化、鈴木は裏側の流れる心理を気取る才能がある。俗に言う空気を読むという、本来の意味に当てはまる。場の空気で振舞う立場や状況をその場がスムーズに流れるよう瞬時に取り計らいにこっそりしかしすばやくアンテナで捉える流れの変化と先々の展開を読み取れる、とは意味合いが異なる。鈴木はどちらかといえば空気を壊す部類に組み入れられる。上司や先輩、目上の人間に向ける態度と後輩に振舞う行動にほとんど差異が見られない。質朴である。ちょうど通路を照らす足元と天井の照明のように明るさを絶えず誰が通っても誰がつけようと瞬時にしかも消すまで明かりを灯し続ける。