コンテナガレージ

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鹿追う者は珈琲を見ず 7-2

 彼女は。
 彼女は無言を貫いた。威嚇、それとも無実の訴え。「調べるな、掘り返してはなりません、触れては触っては深手を負う」、その瞳は踏み込みを拒んでいた。コーヒー代が置かれていた。カップの陰に隠れた積みあがるコインが銀色の鈍い光を隠しては放つ、見つけてくれたらいい、けれど見つからなければ無銭飲食と陰口を叩け……取り間違ってくれ、理解を諦めた投げやりな態度を席を立ったテーブルのコインに代弁を頼んだ。美弥都は正式な開店第一号のカップを、こびりつく心情の起伏を泡に包み、こすり落とした。程よい水量がまだつかめずに、高圧の水が店内の注目を浴びた。
 それから約二十分後、小さな影は室田祥江に連れられて姿を見せた。カウンターに二人は座る。天板は低く、小学生の女児にも十分肘がつく高さである。成人の主に男性向けの喫茶室が建設プランではなかったのか、考えて逸らす、見ないようにしている、美弥都は心の揺れをモニターすることで気分の取り返しのつかない振幅に保険を掛けた。どうかしてる、自分は一体何をこの娘に望むというのか。
 それよりもだ、室田との関係は……。美弥都は遅れて注文を訊いた。二人のお客は互いに親密さをこれから築き上げるひとつ前の段階らしく、余所余所しい久しぶりの対面は剰え隣に座る袖が触れる距離感によって探りあう真情をありあり他者に見せつける。当人たちは知られてることすら、考えは二の次に、相手と距離を詰めるそのことにのみ脳内は取得した特定ジャンルの音楽が鳴り響く。
 私の遅れは、適宜なタイミングである。
「アイスコーヒー、ミルク多め、砂糖多め、砂糖は粉砂糖じゃなくてガムシロップでお願いします」高低差のある声が重なった。二人は一挙に互いを認め合った。少女から息せき切って紹介を始める、転向先の初登校、壇上の高い位置から席を見渡す人物そのものであった。解って欲しい、関係をこれから深める、受け入れる用意はこちらにある、ですのでどうかそちらも飛び込んだときには腕を開き胸をあけてください。見上げた瞳は誰かに似て琥珀の色を湛えていた。