コンテナガレージ

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鹿追う者は珈琲を見ず 7-4

「知ってます。叔母様、私この方のこと覚えてます。どこであったのかは覚えていません。でも、知ってはいます、はい、お顔は私一度見たら忘れません」
 鈴木の脳裏には私が既婚を経験し子供を結婚生活に一人儲けたこと、現在は一人身の境遇であり、子の親権を争う法廷には足を運ばず、相応しい生活環境である前夫に譲ったこと等等、私の個人名と警察権力を行使したら簡単に得られる。しかも私は以前殺人事件に巻き込まれ一時的にも容疑者の認定を受けた、拘束され取調べられた、そのときの担当が鈴木であった、私の身辺は記録に残る情報ならば知っているはず。
「お疲れ様です、はい」鈴木は立ち上がる、通話口に手を翳す。「すいません、戻ってきますので注文はそのときに」彼は封筒を置いて出て行った。呼び戻そうとするが裏側に付箋、『日井田さんへ』の文字に美弥都は忘れ物をその場に戻した。
「私の目と色がおなじ。どうしてその色をてんいんさんはもっているのです?」私のためらいを見越した室田が代わって応える。頼んだつもりはないのだが、彼女の主張を聞いてから意見は訂正しよう、美弥都は鈴木のグラスを回収し伸ばした手を引っ込めた。
「正確な名称は虹彩。その中心は角膜、手術なんかで視力を矯正する部分よ。個人の特性ね、大体人は似たような体を与えられる。だけど、指の形だったり顕著なのは顔ね、皆別別。虹彩の色は特に遺伝、両親の影響が色濃く現れやすい。あなたのクラスで眼鏡をかけている子は親やその上の代、祖父母たちの視力が弱い、という体質だったの。見るってことを説明するとだ、ものを見るとき歪んだ角膜だと上手にものが見えない、見えるのだけれど見えにくい、コップの水を揺らすと向こう側は色は見えても像はぼやけて曖昧だわね、落ち着くとどうさっきよりも良く向こうが見える。角膜ってのは外の目の間にあって近くや遠くを見ることを助けてくれる。あなたの目はまだ体験してなさそうね、兄さんたちは目がいいもの」室田の蛇のような目と出会う。標的、弱者を見つけると徹底的に攻撃を加える性質か、美弥都は用心に用心を重ねることにした。泳がせておけば相手は私を陥れよう陥れようと一心に興じてくれる、それは好都合である。隠し持ったナイフをこれ見よがしに舌で嘗め回してちらつかせて、ケースにしまっては引き抜く。実にわかりやすではないか。
 少女は見上げた、こうもりを探す、天井の生き物に寄せる突発的な関心に仕草は似ていた。「ううん。それは知っています。ずかんで読みました。私とこの方の目の形そのものが同じ、意味がわかりますか?」
「ああそれはだって、他人の空似」
「そらに?」少女は石が遮る天井を一心に見入った。今日の天候は確認していなかった。私は回廊の仕切りを出しっぱなしに部屋を出た、明かりが差し込んではいたが、手摺と張り出す屋根が切り取る緑林、緑叢の緑色と土と枝、幹の茶であった。ホテル北側には手付かずの木々が迫る、森を切り開く景色を写真やら記憶に収めるには南側の南回廊に面した人気の部屋に泊まらなくては天候を確かめるにも回廊に出なくてはならない。緩やかに角度をつけた庇が頭上を遮る造り、朝日の直射のだろう、よって北、東、西もか庇は張り出し、南回廊は頭上から太陽が注ぎ、小ぶりな庇が取り付けているとのかもわからない。
「後ろにアクセント。そ・ら・に。空みたいに隣同士似ているって意味。区別がつかないでしょう」
「種類が少ないのですね。似てしまう、動物は種類が少ない。動物たちは匂いだけで相手がわかりますか?」
「専門外」室田は匙をを投げた、不得意な分野に不確かな知識をこの娘に吸収させるべきではない、賢明だ。表面積の広い大脳皮質がありありと体験を丸ごと彼女は記憶に留められる、か。