コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

鹿追う者は珈琲を見ず 11-1

 いかんいかん、こうして見入る間にまた事件をついつい忘れてしまう。僕個人の好意的喚起より重要視するべき鋭い角度から繰り出される、彼女の意見が何十倍、たかが数日の頭脳労働を凌駕、優に勝るんだから。
 取っ掛かりを探す。途切れてしまった会話ほど再開には慎重になってしまう。しかも相手は仕事に取り組む、言ってしまうとこちらも仕事ではあるが半分は休暇と彼女に打ち明けた手前、警察への協力が市民の務め、などとは口が裂けても税金のおかげで長い夏の休暇に英気を養っているではありませんか、との嫌味に対する反論はできかねるからである。どうしたものか、鈴木はとりあえず忘れていた飲み物を美弥都の手間を考慮しておなじ豆で構いませんからと、棚から取り出したガラスビンを指差した。指したのは無意識に煙草であった。どうにも頭を使うときに欲しくなっているようなのだ。体内に本数を呼びかけて、本日三本目を彼は口に咥えた。
 関わりがありそう淡い期待と予感の携え捜査に取り掛かったのだが、そもそも始まりはそれらしい事件が起きそうなのでという一般市民からのメール、電話、封書がきっかけとなり、鈴木が派遣された。不可解で珍妙、奇妙で異質、密室でもあり脱出は不可能、当然入出だって厳重かつもう一つの入出手段も係員の管理の下に守られる。機械の不具合、プログラムの製作というのか、作業工程と見せかけ抜け道を忍ばせていた疑いも情報捜査班の調べ(これはどうしてかO署の情報処理班に捜査は委託された)によってその可能性はきれいさっぱり痕跡は見当たらず、との結果報告であった。
 諸々手はずを整えた人物は小松原俊彦の死を見せたかったのか?鈴木はむんずと口を窄めた。肘を突きは両掌に顎を乗せる。唇に挟んだ煙草。誰が一体?死体の向こう、かすんでしまった二年前の記憶を掘り起せよという訴えかな。となるとすなわちこれはだ、過去の捜査はおざなりで不十分、という警察機構に向けた脅しと思えなくもない、五年ほど前までは首都近郊の各県警が競うように不祥事や県警そのもの不正も発覚していた、O署に情報処理の仕事が回された意味がそれとなくいやいや理解の回路を僕でさえ差し込んでしまうよ。はあ、彼はため息をつく。どうして自分はこう尻拭いのような役回りをあてがわれるんだか、所属の部署が未解決事件と手間隙のかかる事件の取り扱いが専門だから文句は言えないぞ、そう指摘されるとぐうの音もでない。刑事と夏休みは物理的実現性もさることながら、長期の休みとという感覚すら縁遠い。
 手がかり、手がかり。鈴木は空想を離脱する。