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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 1-3

「そうでしょうか……。二週間に一度の散髪、その翌日は決まってか名前を聞かれるものですから、髪型を弄られているのかとも思うのですよ。割合はっきりものをいうタイプですしこちらとしても若気の至り、そういった時期はあってもまあ、今のうちだからと達観はしています。しかし……、どうも髪型を含んだ全体をこう嘗め回すような視線を朝一番に向けられる、とでも言いましょうか」山城は個人的な話題に脱線しかけた流れを自らポイントを切り替え本線に戻す。「これはあくまで私の身に起きた私情ですから、あまり取り合わないでいただきたい。部下の評価を下げてしまいかねませんので……」
「家入さんの証言を穿った見方で終始捉えているだなんて、めっそうもない、思い込みというやつですよそれは」鈴木は細かく胸の前で手を振る。「何事も徹底して調べる。捜査の基本に忠実なのですよ」
「なら、いいんです」山城はまた自ら話を続けた。「刑事さんが来られると聞いた時、従業員の誰かが今度は警察沙汰に発展しそうな事件を起こしたのではと、内心肝を冷やしてなかなか寝付けない日が続いて……。連絡を受けた週は喫茶店の従業員は突然失踪してしまうし、その対処に四苦八苦でした。何とか日井田さんを見つけられたから良かったものの、お客様はここの利用を楽しみにしておられます。運営会社トップからじきじきに早急な手立てを打って一週間の猶予内に後釜を任せられるコーヒーマイスターを探せとの勅令を受けて、日井田さんの雇い主のあいつに縋った」
「日井田さんと店長さんは気前がいいというか、お店のほうは大丈夫んなんですか?」鈴木は美弥都の勤め先を心配する。肝であるランチタイムの行列を裁ききれば、午後は流れに任せて接客の合間の小まめな休憩で数日間は持ちこたえられる。問題は週末、それまで店長体力が持つかどうか、奥さんがもしかすると緊急事態に手を貸すのかもしれない。経営を店長一人で賄う、何かしら思う所があるのだろう、これまで店長の私生活に美弥都はまったく興味を持たず仕事をこなす。相手は私ではない。過干渉を避ける二人の性質が勤務先が最低営業人数でお客を裁く秘訣であろう。美弥都はしばらく閉ざした口を開く。
「確証を持って送り出した。知人の頼みに多少の無理を働いたのかもわかりません。とはいえ引き受けたのです、乗り越える算段は無理の範囲に留まるのでしょう。私がどうこう挟む権利も資格すら持ててはいない、私は雇われの身。多くの働き手は履き違えて仕事を捉えている。だから不満が噴出する。当然です、自分を殺して仕事を得ているのです、その成果が得られた賃金。個人の尊重を保ちたければ、独立がお似合い。企業も結構でしょう」
「随分と、割り切り上手ですね。私は秘めた情熱家だと思ってました」山城は頷く、長年勤め上げた経験と符合する部分を私に見出したのだろう。ただそれはおそらくまったく以って彼女の態度とは不一致なのだ。見られるために見せているのだから。

知里幸惠編訳 アイヌ神謡集