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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 6-3

 飲み物の注文でも似たようなケースがある。大勢で注文する際にまとめて一人が勝手に飲料を決めてしまう、強制を敷く者に靡いてしまう者が少なくない。私はそう言った場合、あえて注文に同意を取る。一度聞いて覚えられる、ドンくさい店員をそのときは演じるのだ。ポールペンで数量をわかりやすく止めてみたりして。案の定ほぼすべてのケースで注文の変更が聞かれる。飲みたくないとまでは言わない、けれどここでわざわざ飲むべきものだろうか、ほかに最適なここでしか飲まれない、あるいは今の私を満足させる飲み物が隠れ潜んでいるのでは、すぐには決められない、同席だからって支払うのはこっちなのだから選択権まで奪わないでくれよ。内心の暴露はこんなぐあいだろうか。
 相手のことがそんなによくわかりますね、占いよりは中るだろう。発言を私があえて行うのだ、その他の可能性が拮抗する場合、私は宣言などするものか。反対に問う、何も観ようとせずに生きられるのはなぜなのか。しかし閉口が私を襲う。やはり世界は不合理。
「あなた、あの男の刑事とどういう関係?キスしてたみたいね」
「関係?決まっています、あの方は男で私は女です」美弥都は室田に言い返す。お客だから特別待遇、彼女は持ち合わせていない。
「へえ、ふうん、そう」
「叔母様、きいてます?いつもお家では七時半に夕食を食べる決まりなんですからもうすぐ時間がきてしまうわ」室田の姪海里は腕を掴んでせがむ、攣り寄った薄い眉。
「義姉さんに仕込まれたのね。いい海里、ここはホテルよ、家のように決まりを守らなくっても」海里に肩をすくめて見せる。「誰が角を出して怒ってるのよ?」首を振って店内を見渡す。
「お母様に角なんて生えてない。変なこといわないで」語尾に意志を込める少女、誰の形質か、とても頑固である。
「ねえ」室田は両肘を平行に着き、首を伸ばす。「ここで食事、できないの?コンロがあるんだから何か作ってみせてよ」
「あいにくと私の仕事はコーヒーの提供を、という契約。しかも急遽呼ばれた臨時の立ち回り役。前任者との交代はお客様には無関係のホテル側の事情でしょう。強調しますが私は食事に関する要請を受けてはいません。取り揃う調理器具を確めました、前任者の方も軽食は作らずコーヒーの提供に限るサービスに徹したと思われます」