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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 6-5

 少女の視線が美弥都の背後を捕らえる。窓。
 ぐずついた天候、空模様は崩れたらしい、雨が落ちた。それらしい兆候を見過ごしていた雨雲の流れはひっそり水面下で忍び寄っていた。
 極限状態に、室田祥江はの心情は晒されていたのかも、溢れるすんでんのところ、姪が放つ一滴が落ちたのだった。
 美弥都は室田の去り際に鈴木に押し付けられた使命を思い出した、面倒だが呼び止めるしかあるまい。質問数は控えめにしよう、彼女は相手を慮る。有り得ない、と思い込む自らそれが有り得ない。堂々巡りは火を見るより明らか、潔く切り捨てる。
「あなたの寝室はどの方角でしょうか?」『ひかりやかた』は大階段を南に対面を北、右を東に左を西に据える。階段側に人気が高く空室は美弥都が泊まる北東のブロックの北寄り、北北東の部屋と通路を挟む隣の北北西の二室を選ぶお客は稀だときいた。現在北北西の部屋を彫刻家の安部が借りる。人気とはいえ二年前、事件当時の宿泊者は圧縮された死亡者、小笠原俊彦、室田祥江、安部の四名。残り四室は空室である。南向きの部屋が埋まっていたから宿泊を避けた、とも考えられる。あるいはたまたま予約で満室だと思い込みその日だけ空室が発生していたのかも。空室がありますよ、とは呼びかけることをリーゾトホテルである、格式を下げられなかった、美弥都は返答を待つ間に推測を働かせた。
「南東の角部屋だけど」室田は眉を引き上げる。「まさか冗談はよして。ありえない、医学的観点からあの死体を作り出すに一時間少々では足らないの」階段を上がりかけた彼女にもう一声かける、相手の隙は行動の直後が狙い目である。頻繁に目にする光景、勤務先のレジから入り口ドアまで1m弱の短い距離にお客は躓き、コインを落とし、猫の尻尾を踏み、忘れ物にはたと気がづき忙しなく無駄な往復に引いた汗をまたにじませる。美弥都は不本意だが捜査を名目に、拒否反応を抑え質問を続ける。
「それは小松原さんの事例です。あなたは回廊の仕切り板を二枚とも締め切ってましたか?」
「だったらどうだっていうの?」室田は〝不思議〟の処理が後回しにできない性質らしい。答えてみろ、という態度は質問の意図に予測を立てられない状態を意味する。美弥都はあっさりという。