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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 6-6

「捜査が及んだホテル内をいっせいに隈なく取り掛かることはしませんでした。限られた人員が順々に『ひかりいろり』、天窓、屋根、通路、二階回廊と客室、フロントそして駐車場。鑑識は見当をつけた箇所を優先的に証拠が消えてしまうその前に採取、鑑定に回す。したがって第一手に『ひかりいろり』が選ばれるのは必然的」
「ははあ、そう。私が部屋に匿って屋根から鑑識の青い制服が引き上げた隙を狙って、犯人を屋根に戻した。警察が部屋を調べる、犯人は屋根。見つかりはしないわ、だけど肝心なことを見落としてないかしら?」勝ち誇る首の傾き、室田は一段上がって振り返り、返答を待つ。
「屋根に留まれると発見されない代わりに、ええ逃げ出す機会を同時に失う」
「そう、その通り。あなた頭が働くじゃないの、高卒にしては」湿った心中に火種をかざす、ぱちぱち筒内を飛びだす閃光。
「こうそつって?」海里がきく。
「子供は知らなくていいの」
 キャリアにコンプレックスを持つ人種から久しく浴びていなかった、懐かしさがじんわり肌に染みる。美弥都は平静と顔色一つ変えず質問をもう一つ加えた。「鈴木さんの回復時期は?おおよそで結構です」
「あえて聞くことでもないとおもうけど、いいわ、そうねえ、肋骨の圧迫程度によりけりだけど早期復帰は困難ね。圧迫を受けた直後はカリウムが極端に増える、大地震で瓦礫に埋もれた患者が息を引き取る要因の一つよ。クラッシュシンドロームなら聞き覚えがあると思う。ただ、そうね、高カリウム血しょうや腎不全の危険は筋組織の破壊が一時間ほどで発症した事例はごく稀、見回ったあの支配人の発言を信用するならばね。体温変化、麻痺もなく、脈拍も取れた、若干蒼白気味ではあったけど救急車の到着前に血色は戻っていた。細胞外液、生理食塩水の大量投与を継続して行う、そんなに必要って思うでしょうけど尿細管障害を防ぐには尿量を一定に保たないと。なぜってはあ、いい、体液シフトっていう血管内と筋組織の体液は入れ替わる、血管内にカリウムやらミオグロビンやらが入って症状を引き起こすの、だから体外排出してやる。どれだけの重さが加えられたかは内蔵を守る骨がほぼ正常だったことから短時間に想像超える重さは加えれていない、それは断言してあげる。命に別状はなさそうよ、意識は取り戻したんだし、薬の投与と検査漬けに透析、一週間の要経過観察が必要でしょうか」刑事だったらおとなしく介抱に感謝をするわ、室田祥江は専門外と適切な処置には劣る言い方だったが、意識を失う鈴木と対するや一挙に仕事人、体という機械を直す職人の目に、サーチライトを放って体躯の異常箇所を的確に言い当てていた。彼女は救急車には乗らずホテルに残った、付き添う義務を美弥都も強制はしなかった。支配人山城は一応の宿泊者である鈴木を慮って搬送中の急変を考えていたが、あっさり室田は鈴木の生存を確約してのけた。日々の診察業務で彼女はいつも同様に患者の背中を押すのか。