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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 7

八月九日 

(どっと目に疲労が及んだために、六、七、八日と家に篭る。今日を見越していたのかも、無意識ではあった)
 今月の定期健診を受けた。内容をすぐに書き留めた、病院裏の駐車場はようやく埋まって横断がやっと途切れてくれた。

「どうぞ、次の方」

「おはようございます」            

「あら、少し痩せました?顔色が優れないねえ、体調は?」

「寝つきが悪くて、顔色はそのせいだと思います」

「そう?ならいいけど。さてと、定期健診ね、今回も」

「はい」                  

「左目の調子は変わりなくかな、疲れや見えにくいといった症状は出てる?」

「変わらず見えています。良好です」      

「天気みたいに言うわね、ふふっ。そうか、じゃあちょっと見てみようか」

「ここは見えてる、手の形を言ってみて」

「グー」                   

「うんじゃあ、ここは?」

「グー」                   

「左右は良好良好。それじゃあ、つま先はどっちを向いてる?」

「先生から見て左、私からは右です」      

「欠損の兆候はない様子ね。首を診る」

「ふうん。多少の筋が張っているが、うん、硬直とはまではぁ……、異常なしね。首を振る癖はかなり改善傾向が見られる、随分努力をしたのね。成果は現れてる、貼り薬の匂いを首に、貼り痕までつけて現れた初診とは大違い」

「仕事の日は控えています」       

「あなたは見てくれより機能回復を優先したいのよね、わっかりますようだぁ」

「先生言葉が過ぎます。いつもの癖が出てます」 

「すまんすまん気を抜くとつい育ちが口に出ちゃって。こればっかりは、大目に見て」

「ご自由に。私は特になんとも思ってません」  

「淡々としてるわね。続けますか、視覚領域の上下左右と首の張りでしょう、次の項目、はっと……」

「先生、特別認可証へのサイン」        

「ああ、そうだった。書類書類はどこへやら、あちらかしら、散らかってるとこういうとき面倒なんだけれど、整頓された机だと仕事がはかどんなくって、脳内の混雑を反映するとかなんとかっていうけど視覚情報をそれの安易な置き換えに過ぎない。ホテル暮らしで掃除洗濯を任せる人が仕事をてきぱきこなせるのかというと、やっぱり個人の能力、資質、やる気に左右されるのよ。手をかけなければ汚れる、私は汚れるにまかせるわ。関連書籍や記事やなんやら季節時を問わず舞い込むって商売なんだし」                       
「先生、水色の用紙、角が飛び出してる、あっ」

「やっちまったなぁ。これは認められんぞ、正式な書類は折り目ひとつではじかれる」

「申し訳ありません」             

「いやいや。君は悪くない。申し訳ない、書類を濡らしてしまった、私の不手際だ。予備を取り寄せるのに最低一週間はかかる。月末の申請には安心して、間に合う」

「それでは私のお願いを聞いてください」  

「何なりと仰せのとおりに」

「私と入れ替わりに警察がやってきます。すぐにです。私のことを根掘り葉掘り問い質すでしょう。眼科に通うならば近距離のA市を選ぶでしょう、怪しまれています。そこで私がここを訪れたのは定期的な視力検査と逆さまつげの毛抜きに通院、という嘘を伝えてください。無理にとは言いません。先生の判断にお任せします。良心の呵責に悩むことはないはずです、医者の本分は患者の治療ですもの」