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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 8-6

 美弥都はベッドを降りて店に向かった。カウンター、裏返す灰皿にちぎったファックス用紙を折り重ねて火をつけた。感熱紙はじわりと黒色を熱源を離れて白を覆う。火の高さを想定して、細かくちぎる紙片がわずか数秒に消え、去る間際赤い輪郭を灰皿に残していた。火を見つめる、その行為は浄化の作用だと人から聞いた。よく燃えるからではないのか、と彼女は思う。悪しき心は燃えるには最適の燃料なのだ。燃えたい、火にあぶられ、全う。燃料は劫火を望むんだろう。燃えろ、燃えてしまえ、誘われているのだ、火に。これまで使役された、時々発生する大火は火の仕業。想像だ、単なる擬人化である。だが否定もできはしない、感情とやらが確かめられないと断定はひどく難儀であるのだから。私たちの感情とて取り出してみせることもままならない。
 まったく瑣末なことばかり私を回る。美弥都は燃え盛る様子に見入る。階段の間接照明だけが石壁の喫茶店を怪しく照らし出す、階段を下りてスツールを一段目に置いたのだった。ゆらゆら炎が壁でダンスに興じる。民俗音楽がどこからか木霊する。安部と室田幸江とその姪室田海里に了解を取り、明日から本格的に捜査に取り掛かるか。乗り気に見えるのだろうな、傍目からは。やる気など起こさせてもしぼむだけだ、平均を長時間維持することが長期的には有益なのに。おそらく起動に最も力が必要だから、取り組み始めた姿がはつらつと生気に満ち満ちていると感じるのさ。
 そういえば、と美弥都はポケットを探った。寝巻きのスウェットからタバコを取り出して大胆に燃え盛るランダムな火柱にためらうこともせず、彼女は咥えたタバコを差し入れた。
 深く、息が吸えた。月明かりが窓を通過してまで室内に飛び込む。火が枯れて、光が満ちた。それは四角く、決まった大きさの分を綺麗に正しく青白く照らす。吐き出す煙は月明かりが捉える。浮遊するすぐに消えるものが照らす条件だろうか。
 美弥都はマッチを擦るよう煙と映る月明かりの出会いに、整った床の四角に負けじと、宙へ加担した。