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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 10-2

 店に入る。階段の最上段で何気なく店内を見渡す気分に襲われた。昨日との差異を取る。いつもだ、過ごした昨日の仕事場は初見に思えてしまう。子供の気分、見るもの手にするもの出会うことのあらゆる事象が新鮮で初めてに感じ取れる。それとは別に昨日と地続きの今日という現実を引き継ぐ記憶の授受は、正常に稼動を続ける。人はいつもこのように世界を捉えているのだとばかり思っていた。いつしかそれは特別な私だけに与えられた義務と納得の境地に至る時期を早くに迎えられたのが、ここまで生きられた要因だろう、と彼女は乾いた跳ね返る石段を降りた。
 お客の視界に入る美弥都の腰までの辺りにコーヒー豆のビンが並ぶ、そこから下の引き戸、引き空ける。彼女は初日に未使用の耐熱携帯用容器を発見していた。それを七つ、胸に抱えステンレスの調理台に並べおいた。背後を振り返る。昨日の続きから二段目の制覇に挑むとしよう、豆を七つ一挙にこれまた調理台の耐熱携帯用容器を隠すようそれらの前に一つずつ分ける。
 温度、抽出時間、豆の分量、轢き方を揃えた。調理台は奥行きがある、勤め先ではこうはいかない。店長への侮蔑ではない、店舗が異なると作業過程も変わるということだ。誰に弁解しているのやら、美弥都はコーヒーをせっせと作る。鳥がかすかに鳴いてる、そういえば喫茶店内の空調設備や空気を取り入れる換気口は未確認だったが、コーヒーの香り漂う室内の香りは一晩ですっかり消臭されていた、多孔質な石壁が吸い込んだのか、建築や資材、建物そのものについて美弥都はまったく興味を持たない。考え、見通しが不確かであればきっぱりと別れる。
 三度目、三回目か、納得の味に行き着いた。美弥都は手ごろな幌布製トートバッグも見つけていた、ぺしゃんこ、ビニールにしまわれた使い道を見出されなかった物の有効利用だ。肩に担いで店を出た、まずは通路を歩き回っていれば対象は見つかるだろう、突き当たりを妙な使命感を背負い目指し、調査へと彼女は乗り出した。