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鯨行ケバ水濁ル 梟飛ベバ毛落ツル 1-4

「遠矢来緋、二十六、美術大学卒、父子家庭に育つ。旧土人の血を引く、彼の地の末裔。父親は族長の孫にあたり標準並みの高等教育を受けた識者という家庭環境が彼女の思考形成に多大な影響を与えた。彼女は物語りに育てられた。幼少期、絵本の代わりにカセットテープを繰り返し聴く、擦り切れるまで。使い物にならなくなって同じ内容が吹き込まれたスケルトンのテープを手渡される、父親との接触はその交換と交換を報告するときのみ。育児放棄、近所のお喋りな主婦たちは口を揃えた。呪い……かな、母国語は気がつけば音を真似ねる、彼女は人の本能を利用された。芸大という特殊性を重んじる学風が彼女を守り卒業後に待ち受ける社会不適合者の烙印。職を得たのは絵描きとは別世界の相手の先を、次の要求を速やかにかつあらかじめ重んじる用意に長じる配慮の塊。しかも彼女が社会に投げ出された四年前は出生率低下の顕著な就職氷河期、景気の良し悪しを別に、社会に飛び出す新卒は例年の二倍以下、前年度と翌年度に比べてかな、勿論概算ですよ。あなたの疑問、解消しましょうか。別件を抱える僕はたまたまこちらに用向きがあった、鈴さんとの遭遇は偶然の産物でして、病室を間違え彼と出くわした。事情が事情だけに乗ってきた車を貸して僕はA市に出向きその帰りにこれまたばったり今度は日井田さんを見かけた。実はあそこで別の人と会う約束でして、すっぽかしましたよ。面白そうでしたから」
「心臓がありませんね」
「とぼけてばかりでがらんどう、とは耳にたこができてませんけど、いわれてましたよ」
「車です」
「その切り替えしはいいですね、使わせてもらいますよ、構いませんね?」
「もし名前が書いていたら、落とし主へ。いくらか謝礼がいただける」
「実にすばらしい。どこでそのような教養を?まねしたいなぁ、似せても面白さは半減するのだし、難しいむずかしい」
 タバコを一本消費する、車内で許可が下りた。珍しい。『ひかりやかた』が遠矢来緋を選んだらしい、十和田曰く彼女はネットを介した就職活動に乗り遅れた、接触に踏み出す同時期に始めて通信機器に触れる、登録の一々を処理するのに半日を費やすため直接履歴書を持参し面接の日程等連絡事項をすべて手紙によるやり取りもしくは学校を通じた意思疎通を決意した特異な状況を数ヶ月、半年続けるもネット上の意思疎通の遅れが顕著な(孤立、窮地、目減りなどの自覚症状は皆無)会社は地方の企業である場合がほとんど往来の交通費がかさみしかも土着気質の強い地方に奇抜な思考の彼女は不適合と即断、一次面接で落選、全敗。本末転倒な間違いとは言い切れない交通費を稼ぐアルバイトに精を出し始めた矢先に慌てて講義中の彼女に内定の告知が言い渡された。芸術大にはその当時を知るものは大勢残る、ほとんどが留年と大学院に進学していたためであるそうだ。