コンテナガレージ

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店長はアイス 恐怖の源5-2

 今日だけ散歩の決まりを三つ設けた。一つは三十分で引き返す。二つ、曲がり角は左に曲がる。(昨日が右なら今日は左)三つ、路地を見つけたら入る。この掟に従って今日も休憩を楽しむ美弥都である。子連れの親子とすれ違う。
 私にも子供がいた。今はもうどこに住んでいるのかさえ、知らされていない。裁判での取り決めによって私は子供との生活にピリオドを打った。凄腕の弁護士が相手方にはついていたのだそうだ。もうずっと前のこと。相手とは取れかけたボタンを偶然、私が掛けなおしたに過ぎない。いつか糸はちぎれて取れる運命だったのだ。夫婦生活は二年で破綻してからと言うもの、相手の顔は見ていない。もちろん子供の顔も。子供を目で追うのは幼い命を守る本能、そう言い聞かせている。そうすると自然と傍らいるはずの子供の顔は薄らいでいく。虚しさよりも影を追う辛さに私は浸りたいのだと気がついてからは、平静としていられる。子供がいないからといって私を卑下する必要性はまったくもってない。私は空虚に餌を与えるのをやめた。
 その点、コーヒーはおもしろい。温度、湯量、粉の量、抽出する時間を測り、そのたびにずるずると味を舌、口腔で転がし、飲まずに吐き出す。作業は淡々とそして味の再現を曖昧な味覚に頼りながらも淹れ手によらない味の抽出を化学実験のように答えを導く。閉店後の店で新しい豆が入荷するたびに同業者が集まり、深夜まで豆にあった抽出法を探ぐるのであった。一見、売り上げとは無関係な位置づけの提供前の試飲は美弥都には直接的な感覚の共有に思える。ここに飲食店の経営における真の狙いが見て取れた。たが、それぞれに店主が皆、経営には関心がないようで、ただ味の追求にこだわる。店を訪れ、私を誘った男はその同業者には含まれていなかった。見落としたんだろうか。だったら店長不在の時間を狙って来店しないと美弥都は思う。