コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

店長はアイス  死体は痛い?1-3

 お客はかなりの距離をこの施設内では歩かされる。目的地を決めずに歩くものなら、平気で一キロ、二キロは踏破できてしまう。車に乗って買い物に来て、歩き、また車で帰る。商業施設内は一度に複数の希望を叶える理想的な空間だ。しかし、余分な時間を費やし、余計な買い物をしてやいないだろうか。お客はそこまで考えていないか……。ただ、たんに来場し、見て回り、現実との乖離を体験して散財し体力を消耗して疲労を味わい、達成感に擬態したそれに充足を覚える休日。忙しく見て回る、何も見てやしないのに。

 コーヒーショップのチェーン店に入った。とくにコーヒーがおいしいと感じたためにはこれまでに一度もない。目に付いて、店外から見た限りお客が少ないのと、ゆっくりくつろげる窓際の席が空いていたのでこの店を選んだ。カウンターで中間のサイズのドリップコーヒーを注文する。出来上がりまでの、居場所のない時間が嫌いなので手間がかかるものは選ばない。会計と共にコーヒーが渡される。スマイル。若さゆえの矯正か、その頑張りはいずれいつか破綻を生むのを肝に銘じておくんだ。軽く私は口元を引いた。

 席は思った以上に腰が沈む。楽な体勢というよりかは、だらけた姿勢を維持する座り心地である。私は買ったばかり本を開いた。コーヒーを一口。いつもどこかに忘れてしまう。でも今読みたいから何冊も買ってしまう。家には同じ本ばかりが溜まる。けれど、悪いことばかりでもない。翻訳者が異なるともちろん文章が違うのだ。読みやすさを捨てるのか、はたまた現代的な表現を押し通すのか、それとも古臭い表現を多用しつつわかりづらさも味だと表現に加えるのか、解釈もまた着地は様々である。手元の本は、女性が書いたもので、割り合い内容を噛み砕いて書いているだろうか。翻訳者が本質を捉えているのならば、乗り込んで先へ進めるが、翻訳者の文体や物事の捉え方をある程度知った上でないと周囲の雑音をかき消すくらい本にはのめり込めない。