「化学じゃなくって、物理ってやつですか?」鈴木が相田に救いを求める。彼は文系の出身で理系分野の知識は皆無に等しい。
「リンゴが落ちたとか、落ちないとか。ピサの斜塔から落としたとか、そんな話には興味なし」相田が怒ったように言う。
「へぇー、やっぱり相田さん、色々知識が豊富ですね。……広く浅くですけど」口元に手を添えてふふふと鈴木が笑いを堪える。
「一言余計だ、おまえは」相田の右手が振り下ろされるが、衝撃音は鳴らない。右手は空を切った。
したり顔で鈴木は上体を器用に相田と反対方向に振る。「毎回殴られるとは思わないで下さい」
二人のやり取りに無視して、種田が無表情で熊田に指示を仰ぐ。「今日は捜査に出かけないのでしょうか?署内で情報が得られるとは思えませんが」きつい一言、しかし正論である。
「……俺も同意見だ」熊田はうぅむと、唸って、言葉を搾り出した。
「では、なぜ?」
熊田の片目が閉じられる。「連続殺人とは思えない。紀藤香澄の現場を第二の殺人に駆り立てた、リスクに勝る動機に唆された犯人がいたとすれば、殺人はまた同じ場所で起きなくてはならない。三度目はさすがに我々も警戒を強めるだろう、そのなかでの犯行はさらに証拠や逮捕のリスクを高める。それにだ、二人のどちらかの殺害が本命でもう一人がカモフラージュのための殺害されたのなら、事件は終焉。何も起こらない。ただし、まだ本命を殺していないのであれば、第三の被害者が誕生する。しかし、事件を解決にそして犯人特定に至るまでの情報は手元にはない、これが現状。闇雲に動き体力とこんがらがった頭に成り果てては、事件は闇のなかだ」