コンテナガレージ

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店長はアイス  死体は痛い?4-3

「待たせた」

「そちらのドアです」

 数メートル歩き、エスカレーターを正面に捉えた。わずかに種田が先を歩く。平日は洋服や雑貨の店舗に人はまばら。店員に詳しく商品についての話を聞きたいのならば平日が狙い目。もちろん、店員の商品に対する掘り下げた知識が必須である。表向きの、質問されると予測される単なる知識の暗記は何も知らないと同等。これが熊田の見識。エスカレーター左手のフロアに広がるアウトドアの店舗は割り合い賑わいを見せている。観光地と勘違いをする登山客が増えたからだろうか。おいしい空気がそんなに吸いたいなら地方に引っ越せばいい。いいや、そうするとおいしい空気が日常の生活になってしまい、美味しさを味わえない。汚染された都会の空気を日々体感しているからこその美味しさか。

 二階。木枠とガラス窓、その中に読書を楽しむ女性の姿。凛と張り詰めた空気は一枚のガラスを突き破ってでもこちらに到達する。買い物客も通りすがりでその店内の女性に目を奪われる。ただ、種田は歩調を緩めずに店先、開けた入り口に向かった。

 例のごとくお決まりの手法で種田は店員に紀藤香澄の写真を提示、他の従業員にも見せる。熊田はお客のように種田の背後に佇み、カウンターの上、天井付近の細かなメニュー表をなんともなしに眺めた。覚えていない、店員が答えている。他の店員二人も同様に知らないと言う。いついつ、来たという具体的な日にち、おおよその時間帯を伝えても、傾げるばかりで有力な情報はもたらされない。大勢の訪れる内のたった一人のお客の詳細な情報は得られない、確信に近い事実。熊田は思う。人はとくに何かをなす前の行動に特別な意味を付与しないだろう。常に行動派で動き回る、せわしないものならば行く先々で何かしらのトラブルを巻き起こす、巻き込まれるのは必然である。だが、紀藤香澄はおそらくは変化に乏しい生活を送っていた、そう推測するならば彼女は日ごろから目立たぬように息を潜めていた。だからこそ、殺害、あるいは自殺の直前も通常の生活、生き方をまっとうしていたのだろう。もちろん、不意に殺された可能性もまだ否定はできない。しかし、熊田には疑問だった。殺されたのなら死体を放置しておく場所としてベンチはあまりにも、そして時間帯を視野に入れたとしても不自然すぎる。怪しまれない程度の工作なら考え付いたはずだ。近隣地はショッピングモールと駅、タクシーを拾えないこともない。不振な時間帯も仕事や酔いつぶれたと、運転手に言い訳もできる。もっとも、死体が見つからなければ、捜査には至らない。その死体の行方を追うにしても、タクシーの運転手にまでたどり着くまでに時間が生まれ、さらなる隠匿の作業に取り掛かれる。頭が悪くても、死体の処理に困ったとしても、やはり放置はどうしても考えにくい。あえて、あるいは何らかの理由で死体を残した、と考えるべきだろう。

 振り返る種田が言った。「被害者を覚えている人はいません。いま、当日に店で働いていた従業員は休憩に入っているそうです、熊田さん?」

「ああ、うん、きいてる」

「待たれますか?」

「そうだな。うん。せっかくだから飲み物を。すいません、アイスコーヒーを二つ」

 コーヒーを受け取るとその一つを種田に渡す熊田。彼女は受け取りを拒否するかと思えたが、あっさりと手に取った。おごられるのを嫌う種田にしてはめずらしい反応。熊田は、店内を進み、空席を探す。ソファ席は片方が空いた状態で埋まっていた。中央の巨大なテーブル席は堂々、参考書を一・五人分のスペースを使い、音楽を聴きながらペンを走らせる学生。その他は、読書と手帳に書き付けている人物。席は空いている。熊田は、窓際の注目を浴びる席に接近した。