コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

店長はアイス  死体は痛い?4-8

「プロテクトは大切ね。けれど、攻撃を受けなければ、常時守りを固める必要はないのよ。オープンでいられる時間はいくらでもあるわ」

「咄嗟に再現はできません。そんなことよりも犯人を……」

「作り出すフィールドを事細かに汎用的、日常に張り巡らせていたのが彼女たち、被害者の二人だわ。別の一面を外に向けて生活を送る、多重人格とは別種のそれよりも簡易な記憶を共有する二面体、転がると別の顔を見せる。ほら、内弁慶って言うじゃない。家では暴れていても外ではおとなしく本来の自分を殺している人。これをさらに高め、二つのあるいはさらに複数の顔と顔のつながり、接着面、つなぎ目を完璧に消し去り、色つきの眼鏡をかけたように世界に膜を張る。すると、基準の感覚、概念を日常生活の摩擦で殺され、エラーを起し常識とされた判断を逸脱してしまう。あなたは裏と表の二面、コントロールは容易いわね。明るいか暗いか、だもの」

「被害者は精神的に追い詰められ、判断を誤った?」

「あなたのそれも憶測よ」美弥都は微笑を見せる。「そもそもの正しさをもう一度、考え直すべきです。妻帯者の不貞が咎められない理由はつまりはそれによって他人の領域を踏み荒らすことに通じるからであって、決して不貞そのものを否定はしていないのではないでしょうか。利害関係を洗い直すともしかすると、不利益が降りかかっていない人物が浮かび上がってくるかもしれませんね」

「先ほど被害者に近い人物が犯人ではないと、否定しましたよ、日井田さんは」熊田は体をねじる無理な姿勢で美弥都に言った。美弥都は完全に席を立ち、通路に両足を乗せている。

「不利益の先の先まで遡ると、もう他人でしょう?」

 店員が店内に目を光らせる、美弥都が容器を水平、横向きで持っていたので、その店員はにこやかに近づき、空の容器を渡すよう、促し美弥都もそれに素直に答え、タイミングに乗じ立ち去ってしまう。彼女から別れの挨拶はない。カウンターで立ち止まる姿、テイクアウトのお代わりを注文しているのだろう、熊田は窮屈な体勢を解除した。わき腹の筋肉が若干引き攣る。

 美弥都の退席からおよそ五分後、休憩中だった店員の証言も何も知らない、覚えていないというものであった。しかし、本の忘れ物がないかとの問いには反応を示し、さかさまに印字された本が確かに店に置き忘れていたらしいのだが、店の規則で一週間までしか忘れ物の管理は行っていないようで、すでに現物は処分したとのことであった。また、紀藤香澄についてはまったく覚えていなかった、覚えていたのはやはり本のほうである。

 二人は空振りに終わった店を後にする。熊田は出入り口手前の喫煙所に入り、車のキーを種田に手渡し、煙草を吸った。不利益の先の先か……。大学生風の若い男が二人、入室。狭い喫煙室でべらべらとたわいもない会話。女の話だ。聞こえるように話しているのかそれとも聞こえても構わないというスタンスか。ひとりが話し、もう一人がそれに応える。取り立てて、おもしろい笑い声を上げる内容とは到底思えない。しまりのない顔、終始笑顔が張り付いている。腐った声。にごった瞳。大きな頭に乗せた中折れの帽子。熊田は気にせず、一本目を吸い終えた。二本目に手をつけると、その帽子の若者が声をかけた。