「相田さん、きいてます?」
「何か言ったか?」
「僕より上の空なんてめずらしいですね。犯人のめぼしがつきましたか?」
「めぼしねぇ」相田はワイシャツを胸につまんで空気を入れる。「やはり自殺なんだと思う」
鈴木は速度を落として受付嬢との距離と図る。「自殺ですか?二人とも?」
「殺されたのなら、それなりの動機が付いて回る。周辺を調べれば多少は恨み、嫉妬のかけらみたいなものは抽出できるだろう?だが、大嶋八郎は順風そのもの、家庭も仕事も」
「紀藤香澄は、そうはいきませんよ。だって、ドレスですよ」
「ドレスか……。なんか引っかかるんだよな。あからさまに見つけてください、怪しんでくださいって置いてあったような気がしてならない」
「けど、店長の股代と付き合っていたのは事実です。股代自身が証言しましたから」
「そこなんだ」相田は鈴木に顔を向けた。「股代の証言であのドレスが意味を持つのは、股代にとっては不利益な事実だろう?警察に聞かれたからってそうやすやすと話す内容か。もう隠しきれなくなるまで黙っているのが普通の心理だ。だが、素直に二回目の訪問で暴露した」
「そうか、捜査の矛先を自分に向けることで他を隠そうとしたって、言いたいんですね!」音量を間違えた鈴木の声で先頭を歩く、受付嬢、それに白衣を着た数人、清掃員がいっせいに鈴木に注目する。鈴木は愛想笑いでごまかす。視線が散らばったところで再び話に戻る。
「でも、おかしいですよ」
「どこが?」
受付嬢が突き当たりを曲がる。背の高いパキラが無機質な白壁に寄り添って夏の暑さを逃がしているみたいだった。相田の問いに答える前に、目的の部署にたどり着いてしまう。受付嬢は綺麗に礼をすると、角に消えた。ドアをノック、返答を待つ。女性が顔を覗かせた、受付から連絡が届いていたらしく、「警察の方ですか?」相手がこちらの正体を尋ねた。