コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

店長はアイス  死体は痛い?5-5

 小島がはにかんだ。「研究はひとつだけではありません。いくつかの構想は頭の中でも同時に進めている。もちろん、実際に開発に着手できるのはその内の一つのみでし、体も、一つです。部下は皆、久しぶりの休日に羽を伸ばしに行きましたよ、会議が終わってから。しかし、私と大嶋さんは新商品開発に移行したのです。もしも、大島さんが自殺ですか、命を絶つと決断されて私と議論を交わしてもなんら不思議はない。悔いを残さない、そのような意味でこの世を去ったなら思いの丈をぶつけたことにも一応の理解は、私には感じられる」小島は涙を流した。話し終えたその瞬間にサラサラの水が頬を跳ねてテーブルで丸い円を描いた。「ごめんなさい、どうしたのかしら」

「自然なことだと思います」鈴木がフォローする。

「……はい。急に亡くなったときいてもまだなんだか、明日にでも会社に出てきそうで。昨日お通夜にも行かせていただいた時は泣かなかったのに」彼女はハンカチで軽く目頭を拭くと、一つ息を吐いて気持ちを統制した。呼吸を促し、高まった神経を収束させる。体は精神に、精神は体にか、鈴木は気丈に振舞う女性の弱さを垣間見た。

「最後にもう一つだけ」相田は声のトーンを落とし、地面から這うようにそっと動物が逃げ出さないように優しく声を出す。「この本に見覚えは?」

 相田が提示する写真、紀藤香澄及び大嶋八郎の共通アイテム、逆さまの、アランの「幸福論」。相田はファーストコンタクトで見せる表情の微かな変化に期待を寄せた。何かしらのリアクションが欲しかったのだろう。鈴木も彼女の表情を観察する。しかし、じっと見つめ、写真に顔を近づけて、それから離しこちらに視線を戻した、どの動作でも彼女の行動は、過去の映像とリンクした回線を切ろうする脳内と表情との食い違いを無難な顔に収めるのとはまるっきり異なっていた。これは、経験による刑事の勘である。瞬き、頬の上下動、目線の移動、口周辺のゆがみ、癖の発動などは彼女、小島京子には現れなかったようだ。鈴木は思う。隣の相田も、探るような視線をやめていた。

「私、小説は読まないので」

 デスクの電話が鳴った。小島が席を外す。

 鈴木は小声で言う。「何も知らないようですね。嘘をついてるとは、僕は思いませんでした」

「ああ。だが、そういう演技かもしれない」相田の意見は、何も知らないふりそのものを彼女は演じた。しかし、それは裏を返すと警察の聴取を受ける前提を予期していたことになる。