コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

店長はアイス  死体は痛い?6-1

「申し訳ありませんが、急な仕事で会社を出なくてはならなくて、お話はもう済みましたよね?」ジャケット、バッグをPCとファイルを詰め込み、小島が言う。

「トラブルですか?」相田がきく。

「新商品の味に若干、バラつきが見られるので、これから本社に向かいます」

「お送りしましょうか?」

「えっつ、でも、そんなパトカーには乗れませんよ」

「普通の乗用車です。私の自家用車ですから、安心してください。どこです、本社は?」

 斜め上を見て小島京子は考えた。迅速な駆け付けと警察と共に過ごす窮屈な移動か、それともタクシーを捕まえる幹線道路までの時間のロスと優雅な一人旅か。前者を選ぶと、鈴木は確信。効率を重視する仕事は日常の行動をも侵食するはずだと、考えているからだ。

「わかりました。同乗させて下さい。ただし、ご質問は上の空、仕事の片手間で聞いてしまうことを許してくれるのなら、ですが?」探る言い方で小島は返答した。

「かまいませんよ。警察の聴取に真摯に応える市民は少数派ですから」

 ブレイクファスト本社はS駅前通沿いを南下、駅から三ブロック目の角に建つ瀟洒なビルがそれである。しかし、本社に行き着くには一方通行が張りめぐる、駅前を迷路のように道順を辿る無駄な労力を要した。普段は頼りないカーナビの道案内も極端な開発が行われない駅前通りを完璧に全うしそうだ。相田の助手席でカーナビの画面に電源が入ったのはもしかすると初めてかもしれない。鈴木はドライブに浸る自分を切り離し、仕事を思い出す。

「あの、大嶋さんはずっとブレイクファストにいたんですか?」

「……うーんと、どうでしょうか。……少なくとも私の入社前にはすでに会社で働いていました。……それがなにか?」膝の上にPC、両手に資料。小島の応答は遠距離通信のように会話が途切れる。

「長い勤務期間ならば、それなりにプライベートな事情にもあえてきかなくても耳にするような場面があったのではと思ったのです」

「そうですね。……、最近では、娘さんの……教育方針について、奥さんと意見が食い違っていたような、そんなことは言っていたと思います」

「どうしてそんな話題になったんです?」

「夕方のニュースでわが社の商品が紹介されるはずが、十代の少女が起した殺人事件に差し替えられて、それでですよ」彼女は小さなペットボトルのお茶を飲んだ。鈴木にはまったく足りない量である。

「他に何か、悩み事とか、……そう、趣味とはか、知りませんか?」小島は車窓を眺める、鈴木の問いや景色はおそらくは第一に優先されていない。しかし、聞いていないようで種田のようにすべて記憶する人間もなかには存在するので安易な解釈は失礼に当たる。

「……湯のみを買っていましたね。デスクにもいくつか未使用のカップが残っていると思います」

「湯のみですか。陶芸が趣味なのかな」鈴木は首をひねる。鑑識へ大嶋八郎の所持品はすべて送られて調べたはずだった。もう一度リストを確かめる必要性があるかも、鈴木はきつく瞬きを数回、頭にメモする。

「後、どれぐらいで着きそうですか?」車は反対車線へとUターンが可能な交差点に向かう途中で、信号に捉まっていた。相田は腕時計を見る。

「十分ですね。信号に引っかからなければ」

「もしかしたら、電車と歩きが早かったかも」

 相田の計算は合っていた。きっちり十分後に、小島京子をブレイクファスト本社の送り届けたのだ。交通量の多い場所に長居はできない、車は流れに合流した。相田は、赤信号で煙草に火をつけ、窓を二センチ下ろす。

「部長の連絡はいつも急ですよね。しかも、事件に関係しているし。熊田さんに伝えてもいいですかね?」鈴木は部長の出現について思いついた事を言ってみた。

「部長に電話してみるんだな。そのとき直接、熊田さんへの報告の有無も聞けばいい」

「そうですよね。忘れるといけませんから、かけますわ」

 鈴木は上着から端末を取り出し部長の番号に掛ける。二回目のコールで音声が変わった。

「あっ、もしもし、鈴木です」

「何かわかったか?」聞き取りにくい洞窟みたいな低い声だ。

「いいえ、まったくなにも」

「商品開発については?」

「ちょうど大嶋八郎が亡くなる当日、えっと、前日の午前に新商品の開発会議で大嶋の提案した試作品の商品化が決定していたそうです。後は、食堂での口論ですが、研究者にはありがちな光景らしいですよ。意見の相違は喧嘩ではないって、言ってました。本心を伝えないことが悪だとも言ってました。それと後は、奥さんと子供の教育方針を話し合っていたとも」

「それから?」

「後は、何でしたっけ?」鈴木は運転中、とは言いがたい煙草をふかす相田にきいた。

「デスクの引き出し、湯のみ、未使用のグラス」

「そうです、そうです。未使用のグラスと湯飲みをデスクに仕舞っていたらしいですね。鑑識にはまだ確認を取っていませんけど、あまり重要な証拠ではなかったのでたぶん、調べたこともあえて僕たちに報告はしなかったんでしょうね」

「そうか、助かったよ。じゃあ……」

「ああっ、待って下さい!」

「なんだ?」

「部長、今回も捜査の目的は秘密ですか?」

「知りたいか?」

「はい、こっそり僕にだけでも教えてもらえませんか?」

「……仕方ない。相田の煙草の灰が落ちそうだ」

「えっ?」

「今回は大いに助かった、また頼むかもしれない」ぶっつりと電話が切れた。何のことだろう、相田さんの煙草の灰?鈴木は隣に視線を移すと、相田の左手、ハンドルを握る指の間の煙草が長く灰を伸ばしていたのだ。

「狙撃開始の合図はこちらの号令を待て。それまでは各自配置で待機」本部の無線が切れる。屋上は気持ちがいい。これで暑苦しい服装でなかったらさらに爽快だろう。ターゲットの車両位置は数分前に確認、射程圏内にはまだまだ程遠い距離。身体の動き、キレは体力や筋力に頼らない動力理論を取り入れた。数年前と比べても見劣りしない。こうして、息を潜める長時間の疲労に耐えられる。短時間の睡眠で力が戻る。薬は飲まない。酒も。煙草は吸う。長距離を走るシチュエーションに遭遇したそのときは、私の人生の終焉だ。逃げ切れたとしても、元の私には戻れない。ならば、走るための体力は不必要。

 無線が入る。

「現在、庁舎前を南下。角を曲がると姿が拝めるはずだ。気を引き締めろ。二度目はない、二度目はない。これがラストだ」聞き取りやすい声だ。重要なフレーズの繰り返し。通りを挟むビル、ブレイクファストの本社ビル。ターゲットが乗る、黒の乗用車が通りの端に見える。スコープを覗く。間違いない、運転席それに助手席、後部座席運転席の後ろの人物は顔写真と一致。インカムを押さえる。

「こちら、クロッサンドラ。ターゲットを確認」

「こちら本部、全隊員動くな、指示を待て。繰り返す。動くな、指示を待て」狙い通りだ。

 仲間から無線が入る。「そっちは逆行だな。俺に任せろ、クロッサンドラ」

「風向きはこちらに優位だ。横風に煽られる。俺がやる」

「距離、角度共にお前よりも好条件だ。最適が選ばれる、最適が」

「俺の位置がわかるか?」

「ああ」

「少し角度を下にずらすといいものが見える」

「焦点はぴったり。いまさら変えられるか」

「窓が開いてる。声が聞こえる。男女の声だ。わかるか?昼なのに、盛んなことだ。いいや、昼だから気分が高揚したのかな」

「うああっ。なんだ。目がっ。クロッサンドラっ」

「悪いな。俺のターゲットだ」

「こちら、本部。なにがあった?」

「ジンジャーがやられた」

「お前は?」

「問題ありません」

「任務を続けろ。再び走り出してから。いいか、再び走り出してからだ」

「了解」

 乗用車は情報の通り、ブレイクファストの前で駐車された。緊張はない。間違って当たる確率が高いが、避けては通れない道だ。口が渇き、唇は皮が浮いている。的を外すのは高度な技術が必要なのだ。当てない場所に当てなくてはいけない。呼吸を整える。首から上は避けるべきだ。地面には何発でも外せる。弾痕が残れば、いいのだ。失敗、それは任務にあたったと言える。

 車から人、女性が降りた。運転席の男が女性の後姿を見送る。車の始動。無線が入るがもう耳には届かない。車線に合流した車、指に力を込める。命中。タイヤのわずか上部。続けて二発目、今度は運転席の足元。興奮するインカムの声。車は、流れに乗り加速していく。この先は安心だ。仲間の配置場所。直接車が攻撃されることはない。あとは、車が無事に追っ手から逃れる事を祈るだけ。

 一つ深呼吸。体勢を戻し、銃を片付ける。コンパクトな銃は、外側は革のケース。形は楽器のケースそのもの。屋上から身をかがめて立ち去る。インカムは握った手の中でつぶした。噴出す汗を抑えて、一階、地上まで降りる。ステンレス製のゴミ箱を見つけ手の中のものを投下。地上を歩き、地下鉄の階段を足早に降りた。