コンテナガレージ

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アンブレラは黒く、赤く プロローグ1-2

 オープン前のキッチン。狭い厨房で今日のランチを仕込む。時刻は午前九時。外はいつの間にやら秋の気配を匂わせていた。朝晩は上着を羽織る日々に突入。そういえば、声変わりの虫の声も足元から聞こえていたのだ。薄手の手袋をはめ、合い挽き肉を粘り気が出るまで混ぜる。つなぎはあらかじめ牛乳に浸したパン粉を加えた。今日は卵を抜いたバージョンで整形するつもり。まだまだ、近隣のお客の好みを把握してはいない。

「店長、全卵は入れないのですか?」従業員の小川安佐は寸胴に付きっ切りであくを取りつつ、顔を伸ばして店主の手技に質問を投げかける。知りたいという欲を見せる人物は最近では珍しいのではないだろうかと、年齢を重ねた自分を呪う。それだけ、経験が増え、比較するデータが揃ったのかもしれないと店主は若い従業員の問いかけに考えをめぐらせる。

「今週はいれない。作業の合間にカウンターのお客さんの一口目の表情を見ておいてよ。常連で来ている人なら、味の違いに一人か二人は表情にあからさまに出すと思う。期待していた味ではないから、グルメな人は誘った手前、連れに謝ることもある。レジの仕事も、気持ちを察するチャンスなんだ」

「今日も私、レジですかぁ?」小川安佐が頬を膨らませる。外形的、客観的な観測では彼女は整った顔の部類に該当する。僕はあまり顔を重視した業務への影響を危惧してない。接客はお客への気張り、配慮であり、顔立ちが整っていなくても、成立する業務だと、店主は思う。

「忙しいときだけだよ。国見さん一人では回転率は低下する。先週の待ち時間は長かった」

「もう一人雇ったらどうです?食器を洗うのだって私の仕事なんです」腰に当てた手は怒りの態度の表れ。

「そうだな。今週の待ち時間を計測しようか。十五分を越えたらホール係を増員する」

「よぉうしい。これで料理に専念、専念」小川安佐は左右に揺れて器用に灰汁を取る。

 店主は浮かれて陽気な鼻歌を歌う小川安佐に忠告した。「作業を教えるのは小川さんだからね」

「ええっつえー。何でまた私が?蘭さんがいるじゃありませんか。ずるいですよう」

「教えたら何か発見があると思うよ」

「発見ですかあ。騙されていると思うのは私だけでしょうか」後姿であっても口のとんがりは確かだろう。

「店長、付け合せのキャベツとトマト切り終わりました」長身の館山リルカは作業が早く、正確である。ただし、要求に応えるがそれ以上のこと、つまりは特定の作業工程や料理の指定された味しか再現できないのが難点である。

「冷蔵庫の一番の大きいポッドを出して。牛肉ときのこを炒めて合わせる」

「了解しました」

「いいなあ、いいなあ、リルカさん」物欲しげな声の小川安佐の訴えには取り合わない。

 本日のランチはハンバーグとハッシュドビーフの二種類とする。まずはお客の反応を確かめる、その術を学ぶのが先決だ。自信がある料理は二の次、三の次。本来なら登場すら許されないのだ。この場所で要求される食事を見定めるべきが最適というわけ。

 開店の一、二ヶ月はこうして毎日メニューを置き換えた。前日に好評だった料理を残し、新たなメニューを提示した。

 そのように店が軌道に乗る気配をかもし出し、固定客がつき始めた三ヶ月後のある日に、事は起きた。