コンテナガレージ

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あちこち、テンテン1-2

 入店の男が口を閉じるまでの間にハンバーグの作業工程を終えるには十分であった。フライパンに整形した肉が匂いを放てば、彼は腰を上げて厨房を覗き、今か今かと食事を待ちわびる。皿に盛り付けるハンバーグを最後に添えてソースをかける。店主が料理を運び、届くやいなや、見る間に口に吸い込まれ、調理時間の四分の一以下、わずか数分でハンバーグは彼の胃袋に納まった。
 感想を述べる男は嵐のようにまくし立て述べ伝えようと必死、グラスに残った水を飲み干して、カウンターにお札を一枚置き、店を後にした。
「男のおしゃべりは嫌い、黙っててもらいたい」玉ねぎの皮をむく館山はお客の性質に文句を言う。
「陰口は感心しないな」店主はそれとなく嗜める。
「すいません。けど、しゃべりすぎって思いませんでしたか」
「さぁ、どうだろうか」
「またそうやってはぐらかす、店長はいっつも……」
 館山の話をあえてさえぎる店主。「あの人が言うには表通りで事件があったようだけど、ぜんぜん気がつかなかった」
「忙しかったですしね、行列で外の様子は見えませんでした、私もまったくです」いつものやり口に館山の手技が荒くなる。玉ねぎの白い表皮まで余計にめくる。
「お客さんの言葉からも事件や警察、死体のワードは聞かれない。もしかすると、彼は通りを間違えて話しているのかもしれないな」
「碁盤の目もわかりやすいといえば、わかりやすいんですけど、店や路地とか風景に特徴がないとおんなじに見えちゃうんですよ」
「男よりも女は道を割りと覚えないよね」
「ああ、前後関係と方角が混ざります。私から見て地図の右が東なのか、だけど地図の中に私がいると想像したら今度は右が西になってしまって、どちらの私で方角を決めたらって思うんです」
「ん?いつから地図の話をしていたんだろうか」
「店長が言い出したんですよ、通りの騒がしさが店に伝わらないのは変だって。もう、大丈夫ですか?」
「そうか、そうだったね、うん」
「しっかりしてくださいよ」
「館山さん、休憩三十分でいいの?疲れない?」
「店長その館山さんって言う呼び方を、あの何でしょう、そのもっと砕けた言い方で読んでももらっても私はぜんぜんまったくかまいませんからね」
「くだけた?何か壊れたの?」
「……いえ、聞いていないのなら、いいです。何でもありません」
「そう。ああそうだ、サラダのドレッシングを作っておいて」
「はあい」吊り棚から軽量カップを取ると館山が訊いた。「店長?レシピはどうやって考えているのですか?」
「考えているのはいつもだ」