コンテナガレージ

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あちこち、テンテン 3-3

「店長が甘いから安佐がいつまでの手順を覚えようとしないんですよ」

「今日はテンパっただけで、予約のお客さんだって覚えてましたよ。四名様ですよね、蘭さんにも言われましたもん。それにジャガイモだって皮をむいて、茹でてる空いた時間、予約の下ごしらえに取り掛かろうって思ってたんです」

「ホールまで聞こえてますよ、お客さん入れますので、話すなら静かにしてください。まったく」国見蘭の努めて冷静な言い方で口論は収束し、厨房は調理される食材の音声が前面に押し出された。

 午後の客入りは大体ゆったりとした出足、皆はきっちり昼食を食べている、夕食には早すぎる時刻だ。午後五時から六時にかけてちらほらお客の姿が目に付く。仕事終わりだろうか、二人や三人連れが入店する。予約客は七時前に四名揃って席に着いた。遅れてくるお客はいないらしい、どこかで待ち合わせをあらかじめしていたのかもしれない。コース料理の予約であった。前菜を提供。すべて女性である。カウンターから僕のほうを何度か見ている。背を向けて座る人物もまた、あからさまに上半身をねじる。体の稼動域の限界でも知りたいのだろうか。食事がメインの目的ではないらしい。彼女たちの会話はカウンターまで時折、耳に届く。人は雑踏で相手の声を聞き分ける能力を持つというが、聞きたくはない情報までも聞いてしまえる耳は僕にはあまりというか、ほとんど必要性を見出せない。近づいて、顔が触れるぐらいで話せばいいことである。相手が嫌がるだろうか、嫌ならば離れていく。好きなら状態が保たれる。簡単な指標ではないか、作業の手を休めることなく思い浮かんだ考えだった。

 約二時間。予約客の滞在時間である。帰り際も逐一厨房を覗く仕草、トイレに立つ時もこちらを目が合うまで観察していたように思う。肩の荷が下りて、自然とため息が漏れた。

「やっとお帰りになりました。お客さんだから、あまり陰口は言いたくはないんですが……」片付けた皿を水の張ったシンクに流し入れた国見が愚痴をこぼしそうだったので、店主はさえぎる。

「言わないで。お客はお客だから。それ以上でも以下でもない」

「……すいません。お客さんの、その行動があまり上品ではなかったので」小さくなった国見が弁明する。店主は横目で付け加える。

「ほかのお客さんも厨房の僕でも気がついてる。けれど、声が大きいとは話の内容が低俗だとかは、彼女たちの領域内のことだからね、安易に踏み入ることはできないし、ここには場所を料理を食べることで提供されている。少なくとも、公共の場所ではない。彼女たちの自宅でもないけれど、迷惑になるほどの大声が聞こえたとは、いえないだろう?」

「いやああ、あの人たちはいい大人でしょうに、あんな大声でもっとわきまえて欲しいですよね。妙齢の女性なら」小川が冷蔵庫を開けて言う。手にはレタス。

「子供は騒いでいいわけ?君は大人それとも子供?」店主は首を傾けて聞いた。スライスしたトマトにソースをかかる。

「うーん。大人は大人ですけど、私たちが騒いだって許されることもあの人たちだったら、変な目で見られますよ、ねえ、蘭さん?」国見蘭は答えを決めかねてる。店主の指摘に反対して良いのか、表情に困惑がにじみ出ている。