コンテナガレージ

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がちがち、バラバラ 1-2

 また考えが散らかる。昼の続きを書かなくては。

 三神は別室のいわゆる書斎に移り仕事にとりかかった。自宅でも彼はノートパソコンを愛用している。デスクトップPCの購入は、ここ数年控えていた。負荷のかかるゲームをするわけでもなく、高画質の映像を求めてもいない。テキストの入力が主なPCにおける私の作業である。一世代古いOSであっても十分仕事はこなせてしまうのだ。ディスプレイに向かい、一時間で一休憩。それから、さらに一時間と時間が経過。体と相談しつつ、眠りにつく時間を考慮に入れたのが三回目の作業が終盤に迫る時間帯である。既に時刻は新しい日を告げていた。

 三神が電源を落とそうとしたときに、ふとメールが彼の元に届いた。開いてみると、動画ファイルが添付されている。怪しさはぬぐえないが、関係者にしか教えていないアドレスへのメール。数秒、上目遣いで天井と壁の接合部を見つめて、動画を再生した。

 昼のカフェの映像である。三神の斜め後ろ、天井に付近の角度からの映像であった。三神は眉間にしわを寄せて、画面を注視、メールの宛先人を確認するが、まったく知らないアドレスだった。三神の仕事専用のアドレスは、フリーのアドレスとは違い、プロバイダー契約の際に取得したアドレスで、仕事以外の人間には教えていない。さらに言えば、私は夜型の人間ではないために稀な深夜の作業、これは仕事関係の人物ならば知りえている情報である、この時間帯に送りつけても開くのは明日に移行する。つまり、これを送ったのは仕事の関係者ではないということだ。推理モノの探偵らしく、物事を考える癖ができつつあるようだ。しかし、関係者ではなくアドレスを知りえている人物に心当たりがない。

 奇妙だ。私にこれを見せた真意がどうにも理解できない。三神はコーヒーを啜るが、中身は空である。映像を一旦停めて、キッチンに戻りコーヒーを注ぎ、部屋に戻った。

「うん?」三神が中腰になり、映像を覗くそのディスプレイの光源に照らされた顔がゆがんだ。周囲に視線を走らせる。気配を、息を殺して感じ取った。映像がまた再生されているのだ。室内に侵入者か?ただ、六畳の部屋はドアに向かって机、その天板にPC、両サイドの壁は本棚、ドアの隣が小容量のクローゼットである。隠れる場所といえば、その中だけであるが、マンションはオートロックであり、鍵を盗まれた覚えはない。女性の部屋を訪れるときには鍵を車内においている。車のキーと部屋の鍵は紛失時のリスク分散のために、別々に所持。

 まさかとは思いつつも、三神はカップを置き、映像を止めてクローゼットにそっと接近を試みる。心拍数が勝手に上昇する。気にも留めていなかっただろう、鼓動がバスドラムのように体内で振動している。念のために、辞書を本棚から引き出して構える。クローゼットは観音開き、両側に開くが左右に同じ力を加えなくては開かないために、右手上段に辞書を構える。そして、左手と右足で扉を開き、飛び出した敵を辞書で撃退のイメージ。開閉の瞬間を相手も狙っているかもしれない、そうするとまた体勢に修正が必要になるか。何度が試行錯誤を繰り返しつつ、やっと形が決まり、開門。

 が、中はもぬけの殻というか、何もいない。ぽっかり闇が立方体で形作られているだけで、恐怖の対象も幽霊も、恐ろしい私を襲う侵入者も姿かたちもなかった。しかし、安堵の瞬間に突如、軽快なサウンドが室内に反響する。

 三神はびくんと体を振るわせた。勢いよく振り返る。誰もいない。音はどうやら、PCが発信源のようだ。ハッキングが頭をよぎる。慌てディスプレイを覗いた、辞書は抱えたまま。音は映像のバックで流れている音楽だ。しかし、確かに停止のボタンをクリックしたのにと三神は納得がいかない。

 即刻、気味が悪い映像のメールは削除した。映像の意味を問いたかったが、しかし言われようのない不安がまさってしまう。ハッキングの可能性も考えて、PC内のデータを保存し、外付けのハードディスクにコピーを施し、電源を切る。そこでやっと息をしていないことを自覚して、三神は深く息を吸い込む。

 あの映像は警告だったのだろうか、三神はまだ神経を尖らせて室内に気を配る。みてはいけないものは、事件の隠蔽が第一の可能性だ。黒い傘と赤い塗料、それに緑に服。三神は声に出して呟いた。黒と赤を混ぜると茶色、これに緑を混ぜれば、……また黒に戻る。たんなる想像、連想だ。だが、妙な体験だ。三神は携帯の回線からネットに接続、フリーのアドレスで担当編集に執筆活動を開始して以来の原稿提出の遅れを示唆するメールを送り、彼は翌日の明るさを取り戻し人々が動き出す時間帯まで、彼は書斎から一歩も動かずにいた。

 朝の八時。もう一台のPCを机の引き出しから取りだすと抱えて鞄に詰め込み、リビングは通らず、廊下をしのび足で玄関まで歩くと、そっと部屋を出て鍵を掛けた。

 エレベーターが運良く上階から下りてくる、これに乗り込んで一息。マンションの敷地を早足で道路に出て思いっきり手を上げてタクシーを捕まえた。