目に飛び込んだのは、足をテディベアのように広げ、座る女の子である。事件の子供と同年代、嫌な予感が過ぎるがもう遅い。おそらくはとうに通り越して、僕の予想と小川のそれは確定。口元を両手で覆う小川を少女が見えない位置まで下がらせる。泣いているのか、引くつかせた上半身と押さえつけるように握る細長い指が冷たい感触。
「館山さんを呼んできてもらえるかな。しっかりするんだ」
「……ぐううん、はい」
「警察をまだ呼ぶんじゃない、僕が呼んでいるからってそれだけを言って」
かろうじて小川は首を縦に振ると細い裏路地を引き返す。死体かそれともまだ息があるのか。触れるのは得策だろうか。警察に素直に報告すべきだろうか。いろいろな思惑が交錯。とりあえずは、館山の意見を聞くべき。僕の中での一番冷静な部分がアラームを知らせ、警告。これまでにこの普段無口な人格が進んで意見を述べるなど、なかったように思う。それほど、余裕がなかったと言える。店主は、触れず、一定の距離から死体を見つめた。
しゃがんで顔の表情を読み取る。眠っているようにも穏やかな表情。
「うわっ。店長、今のは見なかったことにします。二人にも秘密で押し通しますので」少女に顔を近づけたシーンにタイミングを合わせたように館山が呼ばれてきたのだった。慌てることなく店主は指先を少女の鼻と上唇の間に当てる、触れてはいない。呼吸は止まっていた。調理用の薄手のゴム手袋をズポンのポケットから取り出し店主は右手に装着そして首筋の動脈にそっとあてた。鼓動、振動は指先へ伝達しない。素人の見立てでも現状の様子は限りなく死に漸近した状態といって間違いない。次になにをすべきかを店主は把握している。館山が抱く誤解を解くということでは決してない。
「表通りの警察、青い制服の人に人が死んでいることを伝えて」立ち上がった店主は、涼しい顔で少女を見つめたまま館山に指示する。
「この子、死んでるんですかあ!?」三人の中で館山の反応がもっともショックが小さい。漠然と死体のように眠る人間を視界に捉え、真実を受け入れるまでのタイム差と僕がキスをしようとした勘違いが彼女の衝撃を和らげた、と店主は咄嗟に観測した。
「あんまり驚かないね」
「なにを悠長に言ってるんですか。もう触ったりしたらだめですからね、疑われますって」
「一人のときには触らないよ。そのために君を呼んだんだから」
「わかりました。警察ですね、警察はええっと、一一九、じゃなくって一一〇は警察で……、あっいいいのか」もぞもども携帯をとりだしたかと思うと番号をタッチする館山の手が震える。
「館山さん、通りにまだ警察がいると思うから、その人たちに声をかけたほうが早いよ。前の事件とも関連していそうだし」