コンテナガレージ

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ゆるゆる、ホロホロ1-2

「うううむ」わざとらしくうなる小川の返答速度の低下に隙を見つけて、店主は冷蔵庫に移動した。小川はまだ唸ってる。冷蔵庫みたい。

 今日もディナーの集客は見込めない、だったら設備を明日のために活用しない手はないだろう。今しがたぼんやり片隅に浮かんだメニューの名残をさらい、条件に限りなく近づける。まずは米を三キロ研ぐ。何事かと小川が店主との距離を縮める。気にせずに、ちらりと目線を合わせてすぐに米に意識を戻す。米を研ぐ回数を数える、一回に使用する水の分量もそれにボールの大きさも把握、記憶にとどめる。水の分量は少なめ、再現のためにステンレスのカップで計量。これも記憶。炊飯器に研いだ米を流しいれて、二十分水に浸して炊飯を開始する。タイマーをセット。

 次に、冷蔵庫からきゅうり、卵、しいたけを取り出す。まずはしいたけの石づきを取り薄く切る。切った物はしょうゆ、砂糖、酒で甘辛く煮詰めたら、冷ましておく。卵はあたためたフライパンで薄く延ばし、クレープ状でまな板に乗せ、半分さらに半分に折りたたむ。切ると錦糸玉子。きゅうりも細切りに。

「店長、巻き寿司の具材ですかこれ」店主の傍らで作業を見つめていた小川が質問した。彼女にしては珍しく黙っていた時間が長いように思う。

「うん。……花でんぷんは綺麗だけど、あんまりおいしさを感じないように思う。彩りも重要だが、積極的に取り入れるのは風習やしきたりにこだわっているからだと感じてしまうんだ」

「女の人はあまり食べたがりませんよ、巻き寿司は」

「どうして?」

「海苔が歯にくっつくし、納豆は食べたいけど匂いがあれでしょう。かっぱ巻きは物足りないし、鉄火巻きは惹かれない。男の人が割合的に食べる比率は多いでしょうよ、絶対。あれ、なんだか私も店長みたく分析してしまいましたか。

副店長も夢じゃあないですかね、私」

 彩をもう一度捉えなおす必要がありそうだ。食べるための入り口で人は味を過去の出会いを想起する。緑と黄色、赤も食材の色だ。黒が海苔で白が酢飯、黄色が卵で緑がきゅうり。やはり赤が足りない、欲しいけれど、しっくりこない……。

 それから国見と館山が休憩から戻った。店主は食材を巻いて食べる、巻いて食べて、首をかしげた。お客は来ないので、従業員を帰しても良かったのである。結局、ラストオーダー前に店を閉めた。お客はやはり一人も来店しなかった。事件については小川たちの会話で概要は感じ取れた。一人店主は有線放送を切った無音の店内に残る。店員たちは今さっき帰ったばかりだ。

 カウンターでタバコに火をつけた。禁煙をしているつもりも、喫煙を極力抑えているつもりもなく、ただし人気のない場所でしかタバコは吸いたくならない。酒もたまに飲むけれど、常備はしていない。飲みたいときに買う程度。外ではあまり飲まない。店の明かりにつられてか、年季の入ったドアが開いた。

「こんばんは」