「他人の空似」種田が呟く。顔が引き攣っていた。薬草でも煎じて飲んだときの表情。
「私の話で事件が片付くのは、こちらにも十分メリットを感じます。何より、人通りの回復がなされないと店に流れるお客のルートが繋がりません。S駅の通りから事件現場を避けて別の通りを選ぶ人が昨日今日でほとんど。ですが、協力にはやはり暇な時間帯と店に待機しているときでしか、好意的には受け入れられない。自宅に訪問しないという、確約がここでいま結べますか?」
「お約束はできません」歯切れのいい声、色で言えばまじりっけのない青だろう。
「結構ですよ、それで」
「よろしいんですか?」
「約束ができない、は約束を破らないように行動する、という約束を僕は交わしたのです。絶対は存在しないのであれば、限りなくそれに近い定義を交わすべき。正直とは嘘をつかないのではなくて、嘘をつかないように努力すること。嘘をつくかもしれない、だからこその先回りで立て看板でこの先は危険と表示しておくのです」
「……二人目の少女ですが」熊田は隠していた、とっておきを話し出す。店主の主張、思想に感化されたかもしれない。「靴を履いていませんでした」
「靴下は履いていましたね」
「ええ、靴は持ち去られたのかもしれません。小説では裸足でした、少女の服装に違いはありません」
「送られた原稿と発売された小説の描写の違いがあるのですね?」
「一件目の少女の服や傘の色が違います。服は緑から黄色、傘は黒から紺、塗料は赤からオレンジに変わりました」
「それを書いた作家には会いましたか?」
「もちろん。……小説の内容が事件に利用されているとは伝えませんでした。私たちは本来知りえない情報、偶然に送られた原稿がきっかけで事件との関連を見出したのであって、あくまでも作者には現場の目撃者として話しを聞きました。そう、偶然にその作者が事件の瞬間を目撃していたのです」
「素直に事実を打ち明けてもよかったのでは?色の違いなら関連性、類似性をマスコミや一般人が気がつくもの時間の問題、何ならもう嗅ぎ付けているかもしれない」
「一応、半径五百メートルに警官の配置は完了してます」
「小説ではこのあたりでまた事件が起きると?」
「白昼、車に跳ね飛ばされます」
「凶器が変わりましたね。その点も思い切って作者に聞いてみるのはいかがでしょうか」
「あの、現場を一緒にご覧になりませんか。ぜひ直接見た感想を伺いたい」煙に顔をしかめ熊田はタバコを押し付ける。「あなたを説得する時間は多く掛かりすぎる」
提案を受け入れたら納得して帰るだろう。仕方なく誘いに応じる店主は刑事たちを誘導するように先頭を歩き、細い路地から裏手に入った。非常用のライトは店主が店から持ち出したもので、刑事たちは周囲を照らす類の証明は何一つ携帯してない。鑑識が去った後である、残されているのは風になびくテープのみ。白くかたどられた人形の痕もうっすらしか残されていなかった。何かを期待するような眼差しをひしひしと身に受ける。銃で撃たれたら血液は広範囲に飛散するはずだが、駆けつけた時に血液は見当たらなかった。寄りかかった背中の陰に隠れていたのだろうか。わからない。そうすると、角度は頭上よりも高い位置から放たれた。少女である、背丈を考えると妥当。相手は大人か少女よりも大きな子供。見上げれば裏のビルの窓、ほんのり明かりが漏れている。
「どうですか?」表情の見えない熊田がきいた。右後方に立っている気配だけ。種田の位置は不確定、足がない浮遊物みたい。
「何も……僕は探偵でもありませんから、思いつくことを期待しているなら思い違いです」
「難しいですかあ」
そう言い残すと刑事たちは意外にもあっさり飲み物のお礼を忘れずに告げて、幾分閑散とした人気のない通りに消えた。