「先ほど、フロントでメッセージをお預かりしました」白い手袋で普段は絶対に使わない顔の皺と語尾が高い鼻につく声。折りたたんだ紙が手渡される。
「どうもありがとう」
頭を下げてボーイはドアを閉めた。
鍵を閉めて立ち去ったことをドアホールから確認、警戒心は体験によって自然に培われるのだと知れる三神である。先に香り立つコーヒーをカップに注ぎ、暖かい液体を流し込んで紙を開いた。
増刷は一ヶ月延ばせ
血の気が引く、窓に映った自分すら怖くなる。夜道の影や木々の揺らめきが人に見える恐怖の作用が一瞬で膨れ上がった。誰だ?タイミングが良過ぎる。落ち着いて考えろ、まずは糖分を吸収してあまたを働かせることが第一だ、部屋には自分だけ、他には誰もない。そうだ、深く息を吸え。メールを開くタイミングは、この時間に作業をしていることを予測できれば、はかれる。しかし、メッセージの開封はどうだろうか。うん?待てよ、メッセージをわざわざ部屋まで持ってきたりするだろうか。ルームサービスのついでだとしても、思い出したような届け方は不自然な行動と受け取れる。胸ポケットから紙のまま取り出してもいた。
姿の見えない相手からの脅迫。まったく。アイスと一緒にパンケーキを口に押しこんで、安堵を得る。デスクの携帯が振動した。番号は一部の人間にしか教えていない。
「はい」
「脅迫は受け入れて?」取引相手の女である。
「なんで知っている?盗聴器でも仕掛けたのか」
「そんな細かいことを気にしてる猶予はないの。時間が惜しい。用件だけ伝える。本の増刷は何かと理由をつけて出版社の申し出を断り続けて。私が良いと言うまでよ」
「ネタはこっちが考えた、もちろん執筆もだ」
「あなたは断れる立場にはまったくいられない。二度も言わせないで欲しい」
「理由は?」
「そうね、回りまわるとあなたに提供したネタに関係している。これ以上は教えられない」
「襲われる心配は?」
「私の部屋にでもお招きしましょうか?」
「ふざけている場合かっ」
「ホテルのセキュリティはしっかりしているとは思うけど、強行突破ということも考えられるわね。そうなるとあなたの身の安全は保障できかねる。あなたは連れ去られ、書き直しを要求されるでしょうね」