「店長は、そうか車を持っているんでしたもんね。地下鉄では帰らないのかあ」
「僕はいつも地下鉄だよ」
「じゃあ、打ち合わせも終電までには切り上げるってことですよね」
「うーんどうかな。できればそうしたいけど、魚に合うパンがなければ、一から作ってもらうかもしれない。そうなると数時間では、難しいと思うよ。生地を練り上げるのと発酵とか焼き上げる時間があるからね」
「聞いただけでお腹が鳴いてます。店長、文句も言いませんから、一緒に行ってもいいですよね?」
「なんのために?」
「そりゃあ……」
「つまみ食い。あわよくば新製品の味見」
「滅相もない、なんだリルカさんだって食べたんじゃないですか」
「食べたくない!お前また太るぞ」
「ああっつ、それはもう言っちゃいけないのに。嫌いです」
「自業自得だろう。まかないのほかにジュニアの菓子パンを休憩時間に三つも食べてるんだからな」
「もう触んないでくださいよ。細いリルカさんにわからないんですよ、一生」
「わかってたまるか。私は細いんじゃない、食べていないだけだ」
「太りやすい体質ですか?」
「食べなければ太らない。運動なんてしている暇がないし」
「へぇー新しい意見っ。みんな、運動と食事制限を心がけてますけどね」
本通にぶつかる右手には地下への階段、左手は通り向こうに渡る信号。従業員三名がまあるい瞳で店主を見つめる、見上げ、投げかける。
「全員が入れるとは思わないでくれたら、連れてってもいい。向こうの意見が最優先だから。それと終電で必ず帰ること。休息は必要だから。僕は例外で」
「ジュニアの店長、深夜に変な気を起こさなきゃいいですけどね」
「お前は男みたいだって?」
「もう、知りませんよ。一生口を聞きませんからね、リルカさんとは」
「道で大きな声で出さないで。やっぱり帰ってもらおうかな二人には」
「ダメです、行きます黙ります」
「私も静かにしています」
アーケード、シャッターの下りた商店街で半開きのブラインドを三度ノック、ドアを引いたら大き目の鈴がカランと鳴った。 おわり。