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空気には粘りがある3-3

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 コーヒーが運ばれてくると2人の会話が止まる。以前にここで何度か事件についての生々しい話をしていて注意されたことがあったので、熊田はお客がいないのを確かめつつそれでも声のトーンを落として話していた。店員の女性の表情は怒っているのかそれとも泣いているのか、とても接客には正反対の対応である。しかし、熊田は店員と会話から彼女がそれ相応のマナーを身に着けていると知っていたのでむしろ現状の態度が見出した究極形なのだろうと思っていた。

 香ばしさと甘さを絡めたトーストが運ばれてくる。トーストの表面にうっすらときらきらのバター、蜂蜜が塗られて、皿の端にアイスの半球が添えられていた。熊田はタバコを灰皿で消すとそれらにありついた。男性だから大人だからと甘いお菓子やスイーツを好むのを男らしくないと批判があるようだが、そもそも基準となる男らしさというのは、凝り固まった前近代の指標であって現在にそれがすべて当てはまるとは言い切れない。もちろん、人目をはばからずに食べ物の欲に溺れるのは性別や年齢には関連がないのではと思う。単なるいい訳かもしれないが、誰にも迷惑はかけていない。そう自らを正当化しつつ熊田は糖分を吸収した。

 しかも甘いものの後の一服はまた格別であると自負している熊田である。もちろん、煙草は贔屓の銘柄。

 熊田の食べ終わりを見計らって種田が言った。「自殺する人はその死体を誰かに見つけて欲しいのでしょうか?」

 「あん?急に、変な質問するなよ。驚くじゃないか」紙ナプキンで口の周りを拭き取ると熊田が顔を歪ませて呟く。熊田を見ずに種田は話題を先行させる。

 「急ではない質問はあるでしょうか?質問とはどれも急で問いかける側に主導されます」

 「はいはい、もういいよ、分かりました」熊田は顔の前で手を振る。「それでなんだって、自殺する人は見つけて欲しいかって?見つけて欲しかったらそもそも死なないだろう。この世ですがりたい相手がいる証拠じゃないか」目配せを種田に向けて放ち、タバコに火をつける。

 「死ぬことによって自身の存在を知らしめるために亡くなるとは考えられませんか」

 「死んだら、望んだ相手が知ってくれたと判断はできないだろう、死んでいちゃあ確かめようがない」

 「普段はほぼ確実に知られないのです、自身の事を。しかし、死によって自分の名前が新聞や雑誌の記事で相手が目にする機会を飛躍的に増すと、知覚する可能性はゼロから大幅にプラスへと転じます」

 「だから、死んだら確認できないだろうって」

 「いいえ、それが最善だと決定すれば実行は可能です」

 「決死の覚悟ってことか?」

 「単なる思い込みです。他の選択肢は存在するのでしょうが見えていないのです。これもあくまで仮定の話ですが」

 「想像でよくそこまで思いつくよな」

 「想像だから思いつくんです。実際の事件はもっと単純でいて明確で、しかも時として不条理な理由で発生しますから。論理なんて人それぞれです」

 「今日はよくしゃべるな」

 「寝ていないからですね」

 「いい訳だな。本当はお前おしゃべりだろう?」

 「私は、お前ではなく種田です」

 「すまん。ああ、煙草吸ってよかったんだっけ」

 「遅すぎます」

 「すまない」