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空気には粘りがある5-1

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本日二度目の来院でも、やはり特有のにおいは出入りのたびに感じられる。鈴木はエレベーターを降りて受付に顔を向けたときに、待合室から声がかかる。

 「刑事さん」院長の印象は鈴木が想像よりもはるかに若々しい。

 「どうも、少し遅れてしまって……」居眠りをしていたとはいえず、咄嗟に言い訳を考えようとしたが院長の表情に鈴木への追求はにじみ出ていなかった。

 「ちょうどですよ。さあ、いきましょうか」どこへ行くのかは打ち合わせにはなかったが、問いかけずに院長の後に続いて再び箱で地上に降りていった。 

 2人は、地下へと潜る。地下鉄の出口はこのあたりにはそこかしこにあり、クリニック近辺は改札口に近いこともあって、飲食店や本屋などの店舗が軒を連ねている。院長は意外な場所に鈴木を導いた。そこは、ファストフード店であった。

 「よく、来るんですかこういった場所に」店頭で赤と黄色のデカでとした看板を眺めて鈴木が言った。

 「ええ、まあ、高いだけのコーヒーには興味がありません。飲めるのなら安くて、座る場所があれば満足ですから」そういって、院長は軽く微笑した。この人は自分が思い描く高給取りとは違うのだと認識を改めた。

 通路との間仕切りがない入り口からサッと店内を見渡すと学生の姿がほとんどで、その他のお客も年齢層は若い。鈴木の年齢でもこの中に長時間の滞在は気が引けてしまうぐらいに、騒々しい。何も言わずに院長は鈴木の分のコーヒーも注文していた。「すいません、いくらですか?」、と問いかけても笑うだけで金額や鈴木が差し出した数枚の硬貨も受け取ってはもらえなかった。レジ前でのやりとは後続に迷惑をかけると、鈴木も自負していたので数回のやり取りの末に身を引いて好意に甘える事にした。しかし、公務員である。これは、禁止された行為だ。帰り際にお金を置いて先に帰ろうと考えていた。

 席に着つくと鈴木は早速本題はいる。胸ポケットから手帳を取り出す。

 「早手さんはいつごろから働いていました?」コーヒーを熱そうに口へ運ぶ院長に率直に尋ねる。

 「えっと、そうですね、一年ぐらい前からでしょうか」

 「ご結婚はされていました?」上目遣いで探りを入れる。被害者との個人的な関係や親密さを目の動きや表情を材料にして悟ってみる。

 「いや、してないと思いますよ。私に聞かなくても調べるとわかるんじゃないんですかね?」含みを持たせてコーヒーを口に運ぶ、院長。やわらかな物腰に対して、案外ガードは硬いようだ。

 「院長が知っていたかどうかが知りたかったので、結婚云々は二の次です」

 「ほお」感心するように院長は言った。

 「私何かおかしなこといいました?」わからないといった様子で鈴木は聞き返す。

 「失礼。意外だと思ったので」微笑を浮かべて院長は誤った。

 「よく言われます」褒められていると思い鈴木は遠慮なく認めてしまう。

 「ほお、自分で言いますか」

 「受け取っている意味が違うと思います。意外なのは、プラスから転じたマイナス評価ですから」

 「面白人ですね」

 「それもよく言われます。質問続けてもよろしいですか?」院長は手を軽く返すだけで答えた。「最近、早手さんに対しての変化にお気づきになったことはありますか?」

 「朝と帰りの打ち合わせ以外には受付とは特に話すような場面もないので、雑談もあまりしません。でも、そうですね、コートがかわりましたねぇ」地下通路を歩行者を景色のように見ながら院長は言う。