コンテナガレージ

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空気には粘りがある6-1

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 熊田は軽い食事を、種田はコーヒーだけを飲み栄養と英気を養った。検死報告の結果がそろそろ出てきそうなので、二人は一度署へと戻っていく。現場は依然として保存状態を維持し、隣接する道路の通行にも若干のわずらわしさを残していた。

 O市本部が熊田たちの所属する警察署である。狭い2階会議室で禁煙も省みずに煙草を吸っている鑑識の神が、ドアに背を向けて座り煙を吸っていた。

 「禁煙ですよ、なんどいったらわかるんです」

 「やっときたか」白い歯を見せた神の口元が緩む。

 「すいません」軽く熊田は頭を下げる。真剣に謝っている様子はない。「それで、検死の結果は?」

 「ああ、全身に付いた擦過傷はおそらく、現場に投げ出されたときについたと見られ、打撲痕はハンマーや木槌のような鈍器によって殴打されたために負ったとの見解」そういってようやく種田の痛いほどの視線に従って神はタバコの火を消した。灰皿は廊下の一角に設置された喫煙室の登場により、警察署内からは姿を消したはずなのに隠していたのか神の手元にはよく目にしていた薄いステンレスの灰皿が置かれている。灰の処理は神自身がやっているとは思えない。

 「投げ出された?車からですか?」

 「場所から判断してもそうだろう。交通量が多いって訳ではなさそうだったが、坂道とカーブが続いているから見通しも悪い。人が運んだとしても人を担いで道路を横断するには危険すぎる」

 「殺しを行ったのですから、それぐらいはするのでは?」種田は腕を組んで言う。

 「自分も轢かれる危険があるのにかい?死亡推定時は午後9時から10時、当然辺りは暗いだろう。まだまだ車の通行も劇的に減るような時間ではない。つまり、被害者は走行中の車から落とされたと考えるべきだ。もっと言えば、被害者を現場まで運んだのなら車なり何なりの運搬手段の説明が付かない。あの坂道で車が短時間でも駐車されていたら目撃者は出ているはずだしな」

 「車内から放り出されたとき、後続車はいなかったのでしょうか?」熊田が尋ねる。

 「それは分からんよ。しかし、下りのカーブそれも運転席からは見えにくい助手席側のガードレール側だ。後続車が死体らしきモノを目撃したとしても、わざわざ戻ってまで確認するには労力が掛かりすぎる」神がまた煙草を抜き取ろうとしたので種田は目で威嚇した。熊田はゆっくりと引いた椅子に座る。種田は立ったままである。

 「どこかで殺されてあそこに捨てられたんだろうさ」神は立ち上がる。「検死の報告は以上だ。あとは頼んだぞ」煙草は昨夜から徹夜でようやく開放されての一服だったのだろう。そのぐらいの許容を種田は持ち合わせている。白髪の豊かな髪を掻きながら神は会議室から出て行った。

 「放り出されたのは事実でしょうか?」種田は独り言程度の声量で呟く。

 「誰かに聞く前に少しは自分だけで考えたらどうだ?」種田に背を向け熊田は背中で言った。種田には、人に質問を投げかけておき、思考の時間を作り出す癖を持つ。相手の答え、返答に合わせ矛盾がないかを掘り下げつつまた別角度からの思考を作り出す。マルチタスクとでも言えばいいだろうか。一つの思考にとどまらずに、複数を同時に展開する事で多角からの見方を構築し、かつ不鮮明な点だけをそぎ落としランダムでつながりの見えない部分部分を接着の後に、一つの結論に至るのだ。