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空気には粘りがある6-2

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「すいません。後続車が運良く走行していなかったと仮定しても、投げ出されたのが事実であるなら犯人は複数ですね」

 「崖の上から落とした可能性は?」

 「それは無理だって熊田さんがおっしゃいました」

 「そうだったかな、覚えてない」

 「しっかりしてください。ちょっと仮眠を取られた方がいいのでは?」種田の声が高くなる。

 「寝なくてもこうして座れるだけで体力は回復する」熊田が神の残していった灰皿を引き寄せて煙草を取り出した。ちらりと背後の種田を見やり、止まる。目が合う。厳しい目つきであったが許してくれそうな雰囲気を感じ取り、煙草に火をつけた。

 「殺害した後に発見を示唆する犯行声明やその他の思想を誇示する文書、手紙、ネットでの書き込みもありません」捜査の人員は上層部から指示で制限されていた。しかし、手の空いた時間だけでもと2人は情報操作に精通した暇な捜査員から情報頂いていた。

 「世間に何かを主張する輩に手の込んだ殺人なんてリスクを負う奴がこのご時世では絶滅寸前だろう。ブログでのたわいもない日常の出来事の羅列、ツイッターでの独り言、フェイスブック上でのビジネスと友人の境目のあやふやな関係。いまじゃ、いつでも私を主張できる。とりたてて人殺しで注目されようと思う人間は少数だろうさ」熊田は煙草を口にくわえて両手を頭に乗せている。

 「何のための殺人でしょうか?」種田は足元の黒い革靴を見つめて言った。

 「殺したいから」

 「とても純粋ですね」種田は自分と似ていると感じた。

 「ああ、これが欲だよ。うまいこと理由をつけて、憎かった嫌いだ、酷い仕打ちを受けたから、振られた、気づいてくれない、すべての元は殺したいから。眠たいとか食べたいが許された殺害がダメなのはたんに法律で決められているからであって、あだ討ちなんかが認められた時代には限定的に殺人を許していたからね。小さい頃に虫を殺した経験は誰にでもある。その対象が人へと移行した。人を殺すことは物を考えられる知能を有しているだけでこんなにも他の生物から優遇されている」

 熊田の発言はときに不穏を煽るぐらいに独特でしかも純粋だ。周囲から煙たがられているのは危ない考えが要因である。もちろん、人を殺したりはしない。それにこんな人格を疑われるような話も平然と話してしまうのだから自業自得と言えばそれまでである。だだし、熊田にとっては計算の上の発言ではないかと思ってしまう。多勢から自分に好意的で有効なサインを送り返した者だけと付き合っている節があるからだ。仕事上で接する以外に日常の事細かな出来事をあれこれと報告しないのもその一端であるようだ。

 天が荒れたとの窓からの報告で雨が降り出した。天気雨。ところどころはヒカリを映し、また別の場所では地面を濡らしていた。不安定と誰が決定したのだろうか。もしかすると雨が降ったり振らなかったり、日が差したりの状態が通常なのかもしれないとの考えは一般的ではないそうだ。はっきりと明確である状態が判断しやすくて安心し、どっちつかずを煙たがるのはマーブルがどの色かの指定に悩むから。

 「雨ですね」種田がつぶやいた。言葉に心がない。状況をありのままに伝えているだけである。

 「雨が降り続けば太陽が欲しい。日照り続きであると、雨が欲しい」

 「なんです?」

 「両方欲しいのかなと思って」

 「りょうほう」反芻して言葉を飲み込んでは戻す。種田は発言の意図を捜索する。

 「生きていると死んでいる、衝動的殺人と計画殺人の中間ってあるのかなと思って」

 「相反しますね。生きていては死ねませんし、逆もまた然りです。殺人の場合は、そうですね、日ごろからの妬みが衝動を作用するのであって、瞬間的な沸点までの上昇とならないでしょう。仮になったとしても、それは、怒りよりももっと単純な感情でしょう。計画殺人は相手を殺したいよりも抹消したい思いが強そうです」種田がとっさに答えたが、あとになってこの質問の意味を詮索する。事件の関連が種田の脳裏に浮かぶ。「事件の犯人のことを言っているのですか?」

 「いいや、なんとなく、思いついたんで言ってみただけだ」

 話はここで終わる。2人は会議室隣のそれぞれのデスクが置かれた一室へと移った。事件の担当は三人だけあるから、当然その他の捜査員は各自に課せられた事件を追っているか、または事件と事件とのつかの間の休憩の最中で、溜まった書類をせっせと書いている。いったん、2人は室内に入るが、熊田は忘れ物を思い出すように踵を返した。種田の隣のデスクでは事務仕事に勤しむ相田がいた。

 「どうしたんだ?」ぽってりとした風格、童顔の相田が風のように去る熊田に向けて言う。しかし、性格には一緒に入ってきた種田に言ったのだ。

 「私は熊田さんではないのでわかりません」機械のような、冷静な口調。種田の特徴である。慣れているはずの同僚でさえも言い返したくなるような、言葉の棘を彼女から時折感じる。

 「殺人だって?」

 「まだ分かりませんが、その線が有力です」種田が話題を変える。「部長は?」

 「いないよ」

 「そうですか」種田はこの後の行動を熊田からもたらされるのを待っている。後輩であり、熊田は直属の上司である。部長は熊田のさらに上の上司だがいつもいない。仕事をしている様子を見た試しはない。けれどデスクは気づくと毎回違った書類や封筒が乗っているようなだ。聞いた話しによれば部長はいつも一人で動いている。それに部長からの命令は配属されてからは種田には一度もない。従うのは熊田からの命令だけだ。だから、いまはその命が下るのを待っている。

 種田の背筋の通った姿勢に彼女が配属された当初は関心、現在は冷徹な機械仕掛けの人形と言われる。

 熊田が顔だけをドアから差し出して、種田を呼ぶ。相田には軽く視線を送る程度の挨拶であった。

 駐車場までに、次に行き先を尋ねると、「別の事件だ」と言ったきり詳細は教えてもらえなかった。冬からの名残もとっくに消えて、屋外の午後の体感は天気雨によってこもった空気であった。しかしまだ暖かい風には至らずに時間が進むにつれて冷たくなるだろうと予測した。ここから助手席のほどよく温められたシートが格別に眠気をそそるのだろう。