「付き合っている男性はいたと思いますか?」
「さあ」
「早手さんは車を運転しますか?」
「娘はしません」
「そうではなくて、お母さんは……」
「ああ、私ですか?はい、仕事が税理士なので車は頻繁に運転します」
「もう相当運転暦は長いでしょう」
「ええ、20年ぐらいです。それが事件と何かが関係があるのですか」
「いえ。すべて関係があるというわけではありませんがほんの些細なことが解決に繋がる場合もあるので」
「そうですか」
「刑事さんのいくつ?」
「は?私ですか、 才です」
「そう、……。娘の結婚式のドレスが、死んでから見たいと思ったの。いままでは期待なんてしていなかったのにいなくなるとみたくなったのね。自分勝手だけどやっぱり親だから娘の晴れ姿は見ておきたかったなあ」母親は呟くように言うとそっと娘の体に手を添えて体を振るわせた。
喪失から鈍感だった細部の視界を蘇らせてもらう。亡くなりまた怠慢して失う。反省はする。しかし、鈍化には着重ねの対処ではフィルターが掛かるばかりだ。一枚ずつ脱いで空っぽになると、忘れていた初めての感覚が呼び覚まされる。高級な食材や料理を食べているからと言って、舌が味を見分けれるとは限らない。初体験の味を感じ取れる鋭敏な舌があってこその、新しい味なのである。母親には当たり前が過ぎていった。これからは、過去の時間を味わい、現実と向き合う時間と、新しい自分の生活が待っている。いずれまた、当たり前になっていく現実だと知らずに。