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摩擦係数と荷重4-1

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 現場に残されたブレーキ痕からタイヤ及び車種の特定には至らず捜査は振り出しに戻り淡い期待も消えた。それ以降の先週はめぼしい収穫はない。そろそろ疲れの溜まり始めた熊田たちであったが時間通りに出勤してきた。今日は、直接現場には向かわずに署からの始まりらしい。

 週があけた月曜日。

 「おはようございます」種田が抑揚のない話し方で挨拶をする。

 「はあー、おはよう」両腕でYの字を描いた鈴木がスプリングの軋む背もたれに体重を預けて大きなあくびをした。種田は空席を確認し、熊田及び部長の席が空いたままなのを入り口から見て取れたのだが、席に着きトイレや喫煙、その他別の用事で席をはずしているという選択肢をも排除した。「熊田さんならまだだよ」

 「わかっています」

 「そう。あーあ、こう何日も事件が起きないと捜査のしようがないよ」鈴木はぼやいた。部屋には2人だけ。先週二晩続いて発生した二件の事件は関連性を認められ捜査の重要度も増していった。自殺の線は完全に消されて事件つまり殺人か事件としての扱いに変わった。しかし、現状は捜査の糸口を見失い行き先すら見えていない。事件性の有無が知れただけである。時を同じくしてマスコミは隠していた事実を鋭い嗅覚で嗅ぎ分けると大々的に取り上げてしまい、警察も隠していたわけではないと弁明を広報担当がかしこまった形式だけの文書で伝えていた。ここで、恐ろしいのは事件を事件として取り上げた場合、犯人がそれを望んでいたとすれば、犯行の再犯を助長してしまうことにある。それでも、現状の打破には証拠を残す再犯にいくらか不謹慎な期待を寄せる捜査担当者がいるのは確かである。

 熊田の到着を待って、種田は喫茶店の店員である日井田美弥都の言葉を思い返えした。