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摩擦係数と荷重4-5

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 「しかし、母親が関与している可能性があるということですか。そんなぁ風には見えませんでしたけどね」

 「先入観を持たないほうがいいですよ」種田は窓を閉めながら答える。信号が青に変わる。

 「でも、娘が亡くなったのには全くの無関係だからこそ、現場近くを通ったのを言わなかったんじゃあないか」

 「守秘義務

 「そうです、職業は税理士ですからクライアントとの打ち合わせの類を外部に漏らしたくはなかったのでしょう。もしかしたら、警察が聞いてくるまでは言わないつもりだったのかもしれませんし」

 「娘の死よりもか仕事を優先したのか?」

 「うーん」

 「娘が死んだのなら生きているクライアントが優先されます」種田の簡潔な答えである。

 「そこまで割り切っている人だろうか。ひどく悲しんでいる様子だったけど」鈴木は首を傾げた。

 「悲しいでしょう。しかし、母親は生きています。死ぬまで生きる。だったら、この先も関係の継続で母親の経済面に影響を及ぼすクライアントの個人的な事情への比重は大きくなるのがもっともな選択ではありませんか?」

 「人がどう思っているかなんてわからないが、事実を抽出すれば見えてくるさ」議論が熊田の言葉で終息した。鈴木も腑に落ちない表情で後部座席の間から身を乗り出して思いを二人にぶつけようと踏み出そうとしたが、閉店後の降りたシャッターではいくら叩いても店主が起きてくることはなかった。熊田はドライビングに集中、種田は電池切れに陥っていた。

 車はまだ空いている国道に走行する。広大なH大学の敷地の周囲をなぞるように進み、競馬場を左手に見やり大きな通りに工場団地から住宅街そして大きな川沿いを南下、その先で交差する国道を左折する。数十分のドライブは国道から逸れて線路を渡ると終わった。鈴木の道案内は的確で、大きな通りを数度曲がっただけであとは直線を進むのがほとんであった。

 事前にアポはとっていない。つまり、在宅である保証はどこにもなかった。早手亜矢子の葬儀は先週にとり行われたばかりだ。もしかするともう母親は休んでいたであろう仕事を再開している可能性もある。

 インターホンが押された。けれど、うんともすんとも言わない。

 「いないようですね」空を見上げるように種田は家を、首を急角度にさせて眺め、言う。

 「勤務先は?」

 「ええっと、住所は隣駅のあたりですね」

 「そこにいるかどうか確認してくれ」熊田は早速タバコに火をつけていた。噛み締めるように最初の一口を吸う。熊田は母親が自宅にはいないと予測していた。理由は、母親の実直さを見越したのだ。報われない娘への情意を引きずることは今後の人生にとってはマイナスを生み出しかつ、まだ生きるためには仕事から得られる報酬が必須と思い込んでいる。娘が生きていたならば、老後の面倒も見てもらう腹積もりもなかったわけではないと思う。切れない思いは、引きずった長さだけ居座りを続けて落ち込みを反芻する。

 煙草の灰を落としに運転席を開けて、中に乗り込んだ。匂いや煙を種田が嫌がるのでドアは開けたままである。

 「申し訳ありません、お忙しいところ、はい、早手さんは、はい、はい、そうですか。何時ごろ戻られますか?はい、そうですかわかりました。いいえ、とんでもないで。ハイでは失礼します」

 「なんだって?」

 「出先に行ったままでまだ戻っていないそうです。帰りの時間もはっきりはわからないそうです」

 「携帯の番号は知らないのか?」

 「ああっと、聞くの忘れました」

 「何してんだ、もう一回かけろ」

 「捜索願を書かれていますよ」そっけなく、冷静に種田が言う。

 「そうか、署に連絡だ。娘の捜索願に携帯番号が書いてある」