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摩擦係数と荷重6-3

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「そうですか。では、どなたとお会いになっていたかを教えて下さい」熊田の両手が軽く合わせられる。
「これはクライアントのプライバシーを損害します」顎を引いて彼女のぐっと柔らかい目元が強く細くなる。
「これはもう事件です。あなたの娘ともう一人の被害者がでています。個人の情報は外部には漏らさないと約束します。どうか、捜査にご協力ください」
「事件?やはり、娘は殺されたんですか?」
「自己の可能性もまだ残されていますが、おそらくは他殺によるものだと推測しています」
「……そうですか。あぁ」ピンと張り詰めていた緊張の糸が他殺の言葉でゆるく弾力を失う。
「どうかお気を確かに」鈴木が慰める一言で崩れそうな勢いの早手美咲を支えるとソファに座らせた。
「エンジンがかからなった原因は何だったんでしょうか?乗られてきた車が故障していたのですか?」
「ええ、それは、はい、車には詳しくないのでよくわかりませんが、バッテリーが上がったとかで、ライトをつけっぱなしにでもして止めていたんではないかとは言われましたけど原因はわからずじまいです。バッテリーを交換したらまた元のように動くようになりました」
「車の故障はいつ直ったのです?」表情を変えずに今度は種田の詮索がはじまる。
「えっと、たしか先週の娘の葬儀が終わった後です。木曜日ですね。あの、それがなにか?」
「気になったものですから、他意はありません。それと最後に、娘さんが発見された現場近くを車で通っていますね」
「クライアントの自宅があの辺りですので。あの、そろそろよろしいです?時間が……」種田の最後の質問には具体的な説明を避けるような態度で話を切り上げようとした彼女である。熊田は次の手がかりを聞き出す。
「そうですね、じゃあ、ああそうだ。早手さんが会っていたクライアントのお名前を教えていだだけませんか?」質問あるいは尋問は終わっただと自覚させてからの、思い出したような質問の答えの聞き方は、探偵が頻用する手法である。面と向かっての質問にはどうにせよ、相手は構えてくるものである。だから、帰る仕草を見せておいてから質問は驚いて割と簡単にあれだけ強固だった壁を構築する前に答えさせてしまうのだ。
「そうですよね、ちょっとまってください」一番近くのデスクに置かれたメモ帳にこれもデスクのペン立てにささっていたペンでクライアント名を書き、ぱっと一枚をとって熊田に渡す。「念を押しますが、私からクライアントのことを打ち明けたとは言わないでください。刑事さんたちが無理に聞き出したと言ってくれませんと、これからのお付き合いに亀裂が入らないとも限りませんので」
「わかっていますよ。私が無理に聞き出しと言います」
「それを聞いて安心したわ。ああダメ。もう本当に出ないと」
 3人は急かされるように事務所を早手美咲とともに出た。夜の暗さが一段増したように道の奥が真っ暗である。早手美咲はかろうじて顔が見える距離で挨拶を交わし、車で去った。熊田たちは次の手がかりを得ていたが時間がすでに訪問の適正時間を過ぎていたので本日の業務、捜査はこれで終了とされた。