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摩擦係数と荷重7-1

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 次の日。空は高く青々とどこまで終わりのない永遠を思わせる表情。駐車場から署内までのほんの数メートルでも日差しの暑さを身にしみた。まだ体が夏仕様に切り替わっていない。冬の名残を惜しんでいる。寒さを羨むのもそう遠くないだろう。熊田は入り口脇の警官にそっけない挨拶をして出勤した。荘厳な造りの天井は近代化に躍起になっていた時代のヨーロッパを模した様式に仕上がっている。クリーム色。光沢とツヤの滑りそうな床。なかの温度は外と比べて2、3度低い。二階のデスクが置かれた部屋に入った。
 8時前。時計の刻む音が聞き取れるほどの静かさ。無論、熊田が一番に来たことになる。廊下では事務職の署員がすでに手際よく動いていたが捜査員、特に事件を抱えた署員には睡眠の確保が最優先の事件から、二番目に重要な事項ととなる。とりわけ、食事を重視する者も存在するが、結局は食べると眠くなってしまう。行き着く先は、食事であっても眠りが奥で待っている。
 部長の席はまた空白の日数を更新中で、生存を示唆する痕跡や目撃談は最近は聞こえてこない。部長をみたならば、たちまち署内に広まるのが常である。おかしなもので、上司である部長からの捜査についての指示を受けた最後の記憶がだいぶ薄れてきたように感じる。熊田はブラインド越し、腰に手を当てる。生活感のない部長のデスクが窓際に配置されている。その隣に立つ熊田。人の存在とは、得てして、だれもが顔を合わせる、声を聞くなど直接的な感覚器官を通じての振動や信号を信じているのは、はたして正しいだろうか。相互的に利益の共有があり、何らかの見返りが返ってくる算段の上での存在の確かさではないのか。花屋の前を毎日通る者が二人いたとする。一人は、たまに花を買うお客でもう一人はその店にすら入ったことがない。その二人が同じ頻度、店の前を通るが花屋のお姉さんが認識しているのはおそらくは花を買ってくれた人だろう。もう一人は店の前を通るその他大勢にでしか、脳内の認識がなされない情報の制御下に置かれてしまっているのだ。いちいち、通行人のそれぞれをすべて記憶に留めようとしていたら頭はパンクしてどうにかなってしまう。仕事を覚えるのも、頭ではなくて、体の反射にその大半を委ねている。ようは、部長がいるいないは、自身にとっての利益あるは関係性の有無に起因する。