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摩擦係数と荷重7-2

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 朝食をとる習慣のない熊田は、コーヒーでその糖分を補っている。美味しくはない缶コーヒーにも幾らかの使い道はあるようだ。セットで嗜む嗜好品のタバコもついでに吸おうと思い、廊下の自販機でコーヒーを購入。ぐびっと一口飲んで隣接の喫煙所で今日の一本を楽しんだ。
 「熊田さん、神さんが呼んでますよ」小走りで知らせてきた鈴木が熊田の所在を知っていたかのようにブース内にいる熊田の姿を認めても特段驚きの表情は見せない。
 「分かったこれ吸ったらいくよ」
 「今日は早手美咲のクライアントに聞き込みですね。いや、裏取りか」喫煙室の入口そばで箱から一本を抜き口元に運ぶまでの途中で動きを止めて、再加速で点火。息が吐き出されて排気。まるで車のようである。
 「勝手に決め付けるな。早手美咲の証言にずれや不足、ほころびを探すだけだ。疑わしいだけで留めておけ。それ以上は主観がはいる」ホロリとこぼした発言こそが人の本質の宝庫である。気を張ってよく見せようと襟を正す場面を凝視してもその人らしさを感じ取るのは困難。熊田は、早朝でまだエンジンのかからない鈴木の思考を敏感に感じ取り、不適切だと正した。正すとはあくまでも警察、刑事としての職務上から発生する雑多な後処理の手間を省くためであって、熊田自身が思っているのは異なる。彼は、特に正義だとか悪は捉えようによってはどちらにでも転換すると考えているからだ。見え方もそのひとつだろう。人なくなり、亡くなる人を惜しむ声に殺人を犯した者へのニュースから流れる近隣住民、親族からのインタビューはどれも謝罪や犯人を犯人にふさわしいとされる証言だけが流される。作られた編集。真実は人によりけり。編集マンのそれもカットされた親族の数十年と培ってきた犯人の人となりもどちらも正しくて、間違い。
 「はい、すいません」熊田の鋭い視線に姿勢を正して鈴木は素直に謝る、ここが彼の特質すべき長所である。間違いを認め、次に活かす。謝るだけならば、そのポーズだけで何度も間違えられると思うが彼はそうではないのだ。鈴木はとっさに何が違い、どこに落ち度があったのかを捉えている。鈴木は説明書が手元にないとプラモデルを組み立てられないが、手元にあれば組み立てられる人物なのだ。最初のきっかけやとっかりを生み出す才能が足りないだけ。あとは、訓練で漠然として茫洋としたなかの手探りでの確信への一歩がつかめれば、より刑事として成長するだろう。今は、データの収集。