コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

摩擦係数と荷重7-5

f:id:container39:20200509131858j:plain
  バスの右折でようやく視界がパッと開けた。上り坂を直進、信号はない。十字路の一角に個人経営の商店が見えたが、シャッターは閉まっていた。まだ先へまっすぐ進め、カーナビの点滅と目的地付近を知らせるアナウンス。
「どこだ?」
「あの家です」種田がぴんとまっすぐ指をさした先に、古めかしさを強調した住宅街に似つかわしくない、明らかに最近建てられた家が姿を見せる。バックミラーで後続車を確認したが対向車すら走っていない。
 体育館のような佇まい。半円の屋根、ロールケーキのような形状、家が道路に対して側面を堂々と見せつけていた。玄関は道路に面した側面よりも短い長方形の短辺に設置。えんじ色の屋根に、壁は黄色がかったクリーム色。敷地内の駐車場は広々とした作りで、3台の車が駐車されていた。北国特有の二重の玄関。熊田がインターフォンを押す。
「はい、アートプロジェクトです」
「O署の熊田と申しますが、……」
「はい、伺っております。どうぞ中へお入りください」女性の声で事務的な対応である。ここは、早手美咲のクライアントが自宅と仕事場を兼ねているのかもしれないと熊田は考えた。一階が仕事場でスペースを占領したとしても二階だけでも十分な生活空間は確保される。
 玄関ドアには、会社名らしき名前がプレートで貼り付けられていた。熊田には外国語の素養は皆無であったが、会社名はなんとか聞き取れた上での崩したプレートの文字でだったので辛うじて読み取ることができた。外国人が漢字をクールだと思う感覚に近いように日本が日本語の会社名を避け、外国語を当てはめるのは何時の時代まで続くのだろう。海外が遠い、手の届かない存在とはいえない時代を何十年も生きている、それなのに過去からの系譜をまだ引きずって、かっこいいでしょうと、感覚で思えてしまう。
 扉が開く。玄関はフラットで土足可能な家の作り、真っ白のジャケットと裾の広がった白いスカートで女性が迎えてくれる。微笑みの形状記憶。眉までの前髪に長い黒髪。首は数度だけ傾いて、エレガント。用意されたスリッパを履くように指示を受ける。室内は土足ではない、段差のない玄関と廊下との境目で土足で上がってしまうのかという不安が払拭された。ガラス張りの廊下を女性に続く。廊下の広さは2、3メートル。ガラスは縦に等間隔で線が入ってる、ガラスの中は収納スペースだろうか透過した向こう側の様子は見えない、まるで鏡だ。熊田は映し出された自分の顔を見ないように歩いた。種田はじっと言葉なく、ついてくる。機嫌が悪いまたは無口なのではなくて、話す必要がないから黙っているのだ。