コンテナガレージ

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摩擦係数と荷重7-6

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 ドアががあるべきだろう場所は洞窟の入口のようで、いきなり巨大な空間が眼前を襲う。外観からの想像をはるかに超えた天井の高さと、空間の広さである。まさに体育館そのもの。天井に張り巡らされた無数の金属はどれもまだサビを知らない状態で若々しさを保っている。この空間を温める冬は、相当の灯油や電気代がかかりそうである。板張りの床に風化を思わせる加工。年季の入った木目に刻まれる黒い線。両側に窓が3面。日差しの角度に直接入らないように窓はブラントが上げてある。左側の窓はどれも締め切られていた。フロアは一段低く、スロープの傾斜がわずかに感じられるくらいに緩やかに床に降り着く。空間に仕切りはない。開放的で、一枚板の大きなテーブルが置かれ、壁に寄り添っていくつか個人的なデスクで作業をしている人が目に入る。案内の女性はグングンと進み、とうとう部屋の奥までたどり着いてやっと止まった。
「先生、お約束の警察の方です」デスクに向かい難しい顔をしていた男性が顔を上げる。ビジネスとは得てしてスーツに限ると熊田は自負している。どこにいっても可もなく不可もない。あまりにも、堅苦しければ上着を脱いでネクタイを外せば、かっちりとした普段着に早変わりする。
「刑事さんですね。いやぁ、ホンモノを見るのは初めてですよ、感激だな」
「見たことのある人は、犯罪者か刑事の家族くらいですよ」
「ハハ、面白いことを言いますね。まあ、どうぞお座りください」やけに白い歯、浅黒い肌。髪は長さの強調で短く切られずに横に流されてる。軽いジャケットにストライプのシャツ、靴下は履いているようだ。自然と熊田の視線が足元に向けられる。
 デスクの手前に、接待用の革張りのソファがテーブルを挟んで両側に、そして一人用の同系色の椅子がひとつ。もちろん、男性はその一人用に座った。熊田と種田も遅れて座る。
「それで、ご質問とはなんです?たしか、女性が一人亡くなっていたとニュースで報じたけれど」椅子に深く腰掛けて言うと忘れたように、自己紹介を始めた。「ああ、申し遅れました私、屋根田と言います」
「道警の熊田です」
「種田です」
「お聞きしたいのは、事件が発生した当夜に屋根田さんは早手美咲さんと会われていますね?」
「はい、私の税理士さんですよ。そうか、事件はその日でしたか」
「早手さんとお会いになりましたか?」
「ここで、そうですね、30分ぐらい税金の話をして帰ったと思いますけど……」屋根田は顎を引き、神妙な声で尋ねる。「早手さんが事件と関係あるのですか?」
「まだなんとも言えませんし、一般の方には話せません。申し訳ないですが」
守秘義務ってやつですか。仕方ないか、他人のことを詮索しても仕方ないし」独り言がまざって会話するタイプの人間のようだ。ここも事務所や会社と言うよりもアトリエに近い、芸術家だと思えば割りきって屋根田との接し方も疲れなくてすむ、熊田はそう考えた。ちらっと、隣の種田を見る。見返された彼女の目には興味の色が消えている。