コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

重いと外に引っ張られる 1-3

f:id:container39:20200509131858j:plain

 なんでこんなことを考えているかと、タバコを吸いながらふと我に返って、魅力について連想したのだと思い返す。コーヒーが目の前に置かれる。カウンターをぐるりと回って鈴木の脇から差し出された。同時に香ばしい匂いのトーストも到着する。
「お好みで蜂蜜をかけてください。表面にはバターを塗っていますので甘いのが嫌いならそのまま食べてください」視線が重なる。彼女の瞳が左右に動いている。鈴木は少しのけぞってしまう。なんだろうか、この瞳力は。茶色の瞳は憂い帯びてガラス玉のように透き通っている。
 美弥都から視線が外された。特に彼女はなんとも思っていない。鈴木はお客、軽く付け足すと職業は刑事のお客である。それだけ。
 隣の人もその隣も鈴木の食事を覗きこむように顔をこちらに向けてくる。明らかに睨んでいる形相。微笑んでいる友好の証、頬の緩みはちらりと見ただけでもなかったよう思う。身をかがめて、食事をすることにした。これ以上の美弥都との会話は生死に関わる。
「なんかさあ、銀行強盗があったらしいよ」
「へえー、めずらしいな」
「銀行強盗ってリクス高くない?」
「まあな、街中監視カメラだらけだしな。夜中に家の前を通っただけライトが付くのって変に気を使うよな」
「犯人は捕まったの?」
「まだじゃないの、あっ、やばいそろそろ行かないと」
 鈴木がトーストを食べ終わる頃になるとドンドンとお客が帰っていく。皆二人や三人連れで、割りと年齢が若い。おそらくは、近隣の大学生だろう。ここからは歩いて5分ほどの距離にH短大がある。
「銀行強盗って本当ですか?」美弥都がテーブル席を片付けながら背後に座る鈴木に問いかける。自分に話しかけているとは思わずに、ぼんやり途中を眺めてはたと気づき、振り返る。
「えっ、ええ、まあ」
「犯人は逃げたのかしら?」
「そうみたいですね、手がかりもないようです」これは相田が言っていたことである。「逃走手段に検討がつかないらしい」美弥都はトレーにカップやらお皿を載せて、両手で抱えるように持つとしばらく立ち尽くして動かなくなった。人形のようなガラス玉の茶色の瞳が窓からの明かりでより透明度を増していく様子が鈴木をも停止させた。
 数秒後に魔法が溶けたように美弥都が動きを取り戻す。ふと、意味の分からない微笑が鈴木に投げられると石化の反対で鈴木の魔法が溶けた。しかし、カウンター席からの視線でまた体が硬直した。
 12時40分。カウンターを占領していた人たちがぞろぞろと帰っていく。お昼の休憩時間が1時までなのだろう。店には鈴木と高齢の紳士が文庫本を読んでいるだけで、急に静かになった。
 二本目のタバコに火をつけ、食後の一服を楽しんでいると、携帯が震えた。胸ポケットから取り出す。
 おっとりとした受け答えから、背筋がぴんと伸びて声が大きくなる。「はい、鈴木です。はい、ええ、そろそろ戻りますが、はい?分かりました、ええ向かいます。熊田さんには僕から伝えます」鈴木は吸い始めのタバコを惜しむように目一杯煙を吸い込んで灰皿に押し付けた。立ち上がり、コーヒーを飲み干し、レジに向かい慌ただしく出ていった。