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水中では動きが鈍る 1-3

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 種田は喫煙室へと足を向けた。
「熊田さん」窓辺に立ち、なんともなく二階から下界を見下ろしている熊田に声をかける。タバコの煙をまとった熊田が振り向く。佐田あさ美の通報で駆けつけた警官は一人でしたよね?」
「ああ」振り向いた顔はすぐに元に戻される。
「通常ではありえない」
「そうだ。しかし、遅れてもう一人の見張りの警官がやってきた。交通事故の処理で遅れたらしい。裏も取ってある」
「遅れてやってきたもう一人はどうやって現場まで来たのでしょう?」今度は機敏に振り返る。「現場へのアクセスはほぼ車に頼るしかないでしょうし、制服を着た警官がバスやタクシーには乗らないとすると現場までの交通手段は徒歩しかありません。しかし、私の記憶では、遅れてやってきた見張りの警官は息を切らせるわけでも汗をかくでもない、平静とした様子でした。応援の捜査員は全員、署内からやって来ました。別働隊の応援ではありません。それに応援の捜査員が歩いている制服警官を拾うのは不可能です。方向が真逆です。交通事故は現場からS市方面ですよね?」
「そうだ、事故現場は軍用線のあたりだ。……」種田の問に全てを答えてはくれない。
「もうそろそろ犯人が誰なのかを教えて下さい」ギブアンドテイクで熊田から事件の真相を聞き出そうとする。
「……お前の意見でせっかく収まったパズルがまた崩れた」片方の手ががっしりと頭を髪を押さえつけていた。
「誰を犯人だと思っていたのでしょうか?」
「佐田あさ美」
「彼女がですか?しかし、彼女の車及び衣服、持ち物に至るまで何一つ被害者と関連付ける証拠は見つかっていませんし、第一遺体の運搬方法が判然としていません」
「予め草むらに隠していたのをトンネルに運び、通報した」
「待ってください。いつ遺体を草むらに放置したのですか?彼女は締め切りに追われていた、そんな時間はなかったと見受けられます」
「忙しいふりをしていれば、時間がないと映るだろう。発見時に彼女が証拠を持っていないのは全くの無関係か予め遺体を草むらに運んでいたかのどちらかだ。言い訳も、近くに彼女の実家があれば納得のいく理由は出来上がっている。おそらくは、調べられることを前提として実家近くのトンネルを選んだ」
「ですが、それだけでは熊田さんの喫茶店での驚きには結びつきません。これらの話は見落としていた事実を丁寧に読み返した結果、見えてきた新たな可能性の一つに過ぎません。コーヒー代を忘れるほど、驚きはしない」