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水中では動きが鈍る 2-2

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 相田にとってはわざとらしく馬鹿にされるよりもきつい仕打ちである。「バカ、違う、勘違いするな」種田が後部座席を振り向くと冷ややかな目で相田を見据えた。蛇に睨まれた蛙である。視線は5秒ほどで正面に直る。鈴木の頭が相田によって叩かれる。
「いたっ。ちょっと何するんですか?」
「うるさい」
「うるさいぞ。そろそろ時間だ、各自準備しておけ」
「はい」後ろから揃った返事。熊田は腰をずらし顔がちょうどハンドルと対峙する位置にまで体勢を崩し、外から見つかりにくいように体を隠していた。時刻は夕方5時をまわったあたり。晴れていれば、まだ辺りは明るさを保っているのだが、数時間前に降った雨のため空は鉛色の雲一色となり、薄暗さをすでに携えていた。4人が乗る熊田のシビックはZ町国道沿いの交番が監視できる道路向かいの飲食店、空き店舗の駐車場にひっそりと息を潜めて待っている。ターゲットは、第三の事件現場に遅れてきた警官である。彼の勤務は午後の6時をもって交代となる予定なのだ。勤務交代の数時間前からすでに張り付いている他の捜査員たちも各所、交番を取り巻いて監視を続けている。もちろん、姿を見失った時を考慮して自宅や幹線道路、高速の入口などにも待機の捜査員が配置されていた。
 熊田たちは捜査への参加を指示されたわけではなくて、自主的に捜査に加わっているのである。それは、事件解決への確信を持った上層部の司令官が熊田たちの捜査協力の要請に応じた時に指揮権を奪い手柄を我がものにと考えた結果、最前線の捜査から外し、勝手に行動しないことを条件にかろうじて観察を許されていたのだ。しかし、おいそれとこれまで追ってきた事件を簡単に渡す訳にはいかない、と熊田は否が応でも自分の手で犯人を捕まえると意気込んでしまった。これは、普段の熊田には見られない行動パターンである。クールなふりはもしかするとカモフラージュのためなのかもしれない。他の3人はそう感じていただろう。ただし、面白いとも感じていた。追ってきた事件の解決の瞬間を見逃しては次の仕事にも身が入らないのに加えて、けじめというか踏ん切りがつかないから自分たちのためにも見届けようと熊田についてきたのだった。