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水中では動きが鈍る 4-3

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 一口目からカップを置くまでに、熊田が近くにいる美弥都へ意を決して言う。「あの、ひとつお聞きしたいことがあります」伏せられていた彼女の大きな瞳がとんでもなく透明で隠していた嘘を告白する時の緊張が体に走る。
「私にですか?」
「はい」熊田はゴクリとつばを飲む。店には熊田たちの他にお客はいない様子である。答えてはくれないかもしれないと余計な想像が脳裏に浮かんだ。
「なんでしょう」作業を止めずに彼女は聞き返した。
「前に話した、殺人事件についてです」熊田はレジに佇む店長をちらりと見た。まだ美弥都の仕事を邪魔しているのには気がついていない。
「殺人事件……?ああ、3件目が起きたとか、確かそのようなことをおっしゃっていましたね。まだ解決していないのですか」出だしは良好である。
「はあ、なんとか犯人らしき人物は特定したのですがどうやら間違いだったようなんです」
「それは一々私に報告しなくてもいいのではないでしょうか。……そうね、コーヒーを飲みに来たついでのお話には見えないですしね」美弥都は種田にも静かな視線を送る。種田も負けないようにとムキになり送られてきた視線を跳ね返すが美弥都には取り合ってもらえない。「申し訳ありませんが仕事中ですので、お話はこれで」
「待ってください、大事なことです。もうあなたしか頼る人がいないのです。どうか、事件についてわかっていることがあるなら教えていただけないでしょうか。もちろん、迷惑であるのは承知している。でもそれでもまた死人が出るよりはマシです」店長が首を伸ばして白熱した熊田の声に反応を見せる。聞こえていて聞こえていないふりをしていたのだろう、店長から気配が伝わってくる。まるで次の一手を読み取る真剣勝負の一場面。見られるのは見ている対象、人との接点を産んでしまうから見えない気配として人は感じ取ってしまうのだ。